『ソーンダーズ先生の小説教室 ロシア文学に学ぶ書くこと、読むこと、生きること』
- 出版社
- フィルムアート社
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784845921294
- 発売日
- 2024/09/26
- 価格
- 3,630円(税込)
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『ソーンダーズ先生の小説教室』ジョージ・ソーンダーズ著
[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)
小説読む 面白さの「構造」
小説を読んでいるとき、私たちは実に忙しい。一行読み進めるごとに、「何か憂鬱(ゆううつ)な始まり方だな」、「そうか、このマリヤという人物は人生にうんざりしているのか」、「新しい人物が出てきた、この男はマリヤにとってどういう存在なのか? 慰めてくれるのか?」、「いや、望み薄だな」などと、問いを発しては答え合わせをしている。与えられた情報を積み上げて人物の肖像を作り上げ、人物同士の性格を比較し、その後の展開を予想する。安易な期待が裏切られると、むしろ嬉(うれ)しい。なるほど、人生はそんなに単純じゃない。ときには、「なぜ突然ここで道の描写? マリヤの今後に何か関係が?」などと、ある要素が物語にとって果たす意味について自問する。すぐに答えが与えられず、宙づり状態が続いても、不快ではなく、むしろ楽しい。
よい小説を読んでいるとき、私たちの頭の中ではこんなことが起こっていると、ソーンダーズ先生は教えてくれる。本書は彼が大学の創作科でロシア文学の短篇(たんぺん)を素材に行った講義を基にしている。底流にある考え方は、20世紀半ばに隆盛した構造主義文学理論である。でも、そんなことはどうでもいい。構造主義の立役者ロラン・バルトが難解な用語で説明した「構造」が、ここでは豊かな具体例と共に、「小説が読者に問いを引きおこしてはそれに答えるような仕組み」と明快に言い当てられている。
著者はまず、チェーホフやツルゲーネフの傑作短篇小説を読ませてくれる。そして、読んでどう感じたかを尋ね、確認しながら、小説が私たちにどんな作用を及ぼしたのか、個々の要素がなぜ必要で、どんな役割を果たしたのか、別の展開や語りならばどうだったかを、ユーモラスな比喩をまじえて驚くほど詳細に示してくれる。だから本書を創作志望者にとっておいてはもったいない。小説を読むことが好きな方全員に強くお勧めしたい。小説を面白がりながら、なぜ自分が面白がっているかを教えてもらえるのだから、こんなにわくわくすることはない。秋草俊一郎、柳田麻里訳。(フィルムアート社、3630円)