『楽園の夕べ ルシア・ベルリン作品集』
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『楽園の夕べ』ルシア・ベルリン著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
闇の合間 きらめく短編
ルシア・ベルリンの三冊目の短編集。
オートフィクションという手法で、自分自身の生きてきた道のりを物語にしていくさまは、まるで人生を燃料にして、美しく、高く燃え上がる炎のよう。時に残酷で、時に懐かしい。どの物語もガラスの破片のように鮮烈だ。
本文中にもこんな一節があった。「一年のうちほんの数日だけ、地面すれすれのその位置からだと、太陽光線がちょうどガラスのモザイクのじゅうたんを照らし出す瞬間を、雑草の根元を透かして見ることができた。斜めの光が、まるで大聖堂の窓から射(さ)すみたいにきらめいていた」。一生のうちで何度か射すその光を、ルシア・ベルリンは捕らえる。時に雑草の根元から、時に高い木のてっぺんから。そして光が消える。宝石のような特別なものではない。誰の人生にもある忘れがたく、きらめく瞬間。あとから、かけがえがなかったと気づくような瞬間。
どの短編も終わり際がとても良い。目も眩(くら)むような光輝、そして光は去り、静かな闇が残る。その闇と、光の記憶が美しい。
享楽的で刹那的、女たちを愛し、騙(だま)し、いなくなる男たち。享楽的で刹那的、男たちを愛し、受け入れ、裏切る女たち。輝かしい子供たちと、賢(さか)しい老人たち。そして家々。息子のマーク・ベルリンが後書きで「一つの家に平均して九か月しかとどまらなかった」と書いているように、物語ごとに家が違う。家や土地は、限りない懐かしさと愛(いと)おしさをこめて描写される。
バーに訪れる男と女を描く表題作。決まり切った日常に小さな石を投げ込む「桜の花咲くころ」。一人の男を愛した女たちの密(ひそ)やかな繋(つな)がり「妻たち」。目(ま)映(ばゆ)く儚(はかな)い少女のころの一夏を描く「オルゴールつき化粧ボックス」「夏のどこかで」。
読み終わったあと、わたしの中に残る言葉の余韻に陶然とする、珠玉の短編集。岸本佐知子訳。(講談社、2860円)