『ことばの番人』
- 著者
- 髙橋 秀実 [著]
- 出版社
- 集英社インターナショナル
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784797674514
- 発売日
- 2024/09/26
- 価格
- 1,980円(税込)
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『ことばの番人』髙橋秀実著
[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)
「すべて疑う」校正者の掟
まさに灯台もと暗し。記者生活40年、校正の世話にならない日はないのに、その仕事の本質を知らずにいた。校正の奥深さに迫るノンフィクションを読み、何度も目を見開かされた。
間違いを見つけるや、すぐに声をあげる人がいる。こんな自信家は校正者に向かないらしい。校正の「校」は訓読みすると「くらべる」。印刷物と原本を比べ、辞書、資料などと意味や事実関係を照合しても、正すのが容易でないこともあるからだ。理由は〈1〉辞書により解釈が異なる〈2〉時代の変化につれて誤用が定着する……。
人はつい我こそは正しいと思いがちだが、正しさを定めるのは実は難しいのだ。「校正者はゲラに関して自分を含めたすべてを疑う」という言葉の番人の掟(おきて)には、思わず襟を正した。
「はじめに言葉があった」とする『聖書』と違い、『古事記』はそれ以前にあった歴史語りの誤りを正した書という指摘も新鮮だった。編纂(へんさん)した太安万侶は〈実は校正者だった〉というから、校正は日本史とともにあるのだ。
私たちの体の中でも生物学用語の「校正(proofreading)」がある! 細胞分裂のたびに複製されるDNAのコピーミスを防ぐため、日夜、細胞レベルで校正が入っているのだ。だからこそ、〈私たちが校正しているのではなく、校正されているから「私たち」なのである〉という文章は含蓄があった。人が正しくあれるのは、体内の驚異的な校正能力に支えられ、書いた文章をしっかり読む校正者がいるからだ。校正されていない真偽不明の情報が飛び交うSNS時代、本書はタイムリーだ。
DNAのことまで調べたのは、いつも原稿を最初に読んでくれる妻が病気になり手術を受ける際、関連の医学書を読み漁(あさ)ったから、と「あとがき」に記している。それが……13日に自身が急逝した。先月入院したと聞いていたが、また、「どうも!」と言いながら、いつもにこやかな髙橋さんに会えると思っていた。合掌。(集英社インターナショナル、1980円)