『偶偶放浪記』
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てきとうに辿り着いたから好きになる 行くつもりがなかった場所の面白さ
[レビュアー] 都築響一(編集者)
漫画家で画家で随筆家の小指さんは、これまで同人誌をたくさん出してきて、これがちゃんとした(笑)出版社からの初めての本。「偶偶」と書いて「たまたま」と読む。「印象に残っている場所ほどはなから行くつもりがなかった場所だったり、『たまたま』巡り合わされたような所が多かった」と序文に書かれているように、てきとうに動いて、てきとうに辿り着いた場所のことを、おもしろがっているうちにいつのまにか好きになってしまったひと、みたいな感覚で彼女は漫画と文章で物語る。
寄居、城ヶ島、神津島、石岡、土浦、天下茶屋、笹山団地、子安浜、西成……22の旅行記に、どんな旅行通といえども、いかなる傾向も趣味も見出せないはず。それほど、たまたまな街と人間との出会いが、丹念に描き込まれた漫画、説明がたっぷりついたアルバムのような写真ページ、情緒に流れない文章に落とし込まれると、自分もそんな「たまたま旅行」にたまたま付き合わされてる気分になってくるし、本を置いた瞬間に、どこでもいいからどこか行きたい!という気持ちでウズウズしてくる。観光名所も温泉も名物料理もない、ただの地方、ただの田舎町に。“映えスポット”探しに熱中するインスタグラマーを絶望させるような場所に。
この本、実は岸本佐知子さんとともに帯に推薦文を頼まれて「どうでもいい町を歩く楽しみが、どうでもいい人生を楽しむ極意を教えてくれる」と僕は書いた。そのとき思い出したのは、ずっと昔に雑誌の編集者だったころ、村上春樹さんと「なんの取り柄もないアメリカの田舎町に1週間ぐらい滞在して、むりやり特集をつくりたい」というアイデアで盛り上がったこと。
名物に旨いものなし、ではないけれど、なんてことなさそうな人や、なにも起こりそうにない場所にこそ素晴らしい物語が潜んでいることを、小指さんもちゃんと見抜いていたのだった。