『ミュージカルの解剖学』
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『ミュージカルの解剖学』長屋晃一著
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大客員教授)
きらめき生む「型」 名作で解説
ミュージカルは、なぜいきなり歌うのか。日常の所作をする人々が急に観客に向かって歌い、踊り出す。この違和感はきらめきの舞台によって解消され、エクスタシーとも言える高揚感で満たされ魅了される。この究極のエンタメの魅力はいったい何なのか。
歌と演劇とダンスからなるミュージカルの起源は、16世紀末にイタリアで誕生したオペラにある。正式にはミュージカル・コメディというこの形式は、20世紀アメリカを中心に大衆的人気を博して今日に至る。本書が、歴史社会的背景を紐(ひも)解(と)きながら文化史や音楽史の枠組みで解説するミュージカル本と異なるのは、ミュージカルの構造と仕組み、それを構成する「型」を筆者独自の分析方法で徹底的に解明している点だ。
構成要素である筋とプロット、ナンバー(曲)、キャラクター、せりふと歌詞、音楽などを順次取り上げて具体作品を挙げながら解説。とくにナンバーを歌やダンスの披露「ショー」、皆で同じ旋律を歌う「ユニティ」、語りかける「ダイアローグ」、一人で内面を語る「モノローグ」に分類し、それぞれの機能と組み合わせによる舞台効果の説明が本書の核となる。《レ・ミゼラブル》《マイ・フェア・レディ》《ウェスト・サイド物語》《オズの魔法使》などおなじみの作品が解体される、まさにミュージカルの解剖書だ。
本書後半での歌詞とリズム、音楽の分析には韻律や譜例を用いて専門的ではあるが、もとより大学生向けの授業を元にしているため、楽曲の知識がなくとも読み進められるよう配慮されている。オペラ研究者にして音楽家、脚本家で音楽学を研究する著者が、実制作者としての立場から企画したことは本書の大きな特徴だ。ミュージカル以外のマンガやアニメ、映画、昨今話題を集める2・5次元舞台など二次制作への応用を示唆しており、若い作家たちの刺激になるに違いない。
さて、ミュージカルのきらめきの魅力はどこにあるのか。歌と踊り、照明や衣(い)裳(しょう)が醸す物語世界に舞台と観客が一体となって没入する、その幸福感なのだ。(春秋社、2860円)