『おとこ川をんな川』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『おとこ川をんな川』唯川恵著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
金沢・花街 光る芸妓たち
活字を前に、女たちの幸せをひたすら祈っている自分がいる。登場人物の人生を守りたい一心で、気づけば拳を握っていた。唯川恵の筆、「見事」の一言に尽きる。
昭和初期の金沢。花街に暮らし、置屋を囲む芸(げい)妓(ぎ)たちの物語だ。精(せい)緻(ち)に設定された人物たちは、日常のふとした場面場面をごく自然に生きる。読み手は物語世界に舞い降りたかのように、彼女らの逃れられない運命を心の底に共有してしまうのである。
一話完結の連続物仕立てだ。中心は、二人の芸妓、朱(と)鷺(き)とトンボ。年齢は二十歳ほど。芸も生活も一心同体のような二人だが、思いを内に秘めるか外にさらすか、対照的な性格である。二人に絡むのは、三十代で子をもつ芸妓、十代半ばの振袖芸者、まだ子供の芸妓見習い。通いの女中やお目付け役もいる。一家を束ねるのは、おかあさんと慕われる女(お)将(かみ)、時江だ。
昔の花街の女となれば、みな容易ならざる生涯を背負っている。親の借金故に売り買いされる身もあれば、捨てられた赤子から始まる人生もある。年齢が来れば水揚げが待っているが、その先の幸せは見えない。涙を誘うのは、別れた母親が女郎となっていることを知らぬまま、置屋に母親を探しに来る娘の話だ。彼女を前に一肌脱ぐトンボと朱鷺が素敵だ。
熱く清い悲恋に、騙(だま)し騙されの憎み合い。ミステリー仕立ての事件まで用意され、男女の狭(はざ)間(ま)が奏でる抑揚に、とことん酔った。芸事はもちろん、衣食住、近所づきあい、風習、季節感、百年前の風俗が、リアリティを分厚く固める。いつもそこに光るのは、精一杯生きる女たちの姿だ。彼女たちには昨日も明日もない。みなが必死に生きる「今日」に、筆は救いの手を差し伸べる。
金沢は唯川恵の郷(さと)である。筆が生む、美しく深く、そして哀(かな)しい人生の数々を、心行くまで堪能させてもらった。(文芸春秋、2090円)