『禁書目録の歴史』
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『禁書目録の歴史 カトリック教会四百年の闘い』ロビン・ヴォウズ著
[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)
言論弾圧の愚 現代に示唆
20世紀後半以降、少なくとも西側世界では、2つの世界大戦下で起きた極端な制約への反動として、自由な表現や言論に対する欲求が、それを抑圧したい側の力を凌(りょう)駕(が)してきた。近年その勢いはSNSという手段を得て、炎のように燃え広がっている。
本書の著者は現代のSNS社会の他者のことばに対する攻撃の激しさに危機感を隠さない。本書を読めば、社会のマジョリティにとって不都合な他者の言論に対する弾圧は、文字を得た人類社会において繰り返されてきた現象であったと分かる。どの時代にも時の権力者や宗教指導者たちに不都合な、それでいて民衆を熱狂させる書物は存在し、それが社会に拡散されないよう「検閲」というシステムが作り上げられてきた。もちろんその目的は既存の権威に対する疑義を抑え込むためであった。
キリスト教が社会的に大きな影響力を持っていた西欧社会ですべての印刷物に対し教会当局の審査と認可が義務化されたのは、1515年第5ラテラノ公会議においてであった。当時の教皇はレオ10世、メディチ家出身の芸術と学問を愛するルネサンス人であったが、時代が言論統制を余儀なくさせたのだという。当時はプロテスタントの勃興期で、イベリア半島では強制改宗政策の下、ムスリムやユダヤ人のキリスト教徒化が進んだが、一部は地下組織的に存続した。さらには外部からの揺さぶりもあって、カトリック教会内部でも内紛が絶えない時期であった。「禁書目録」には教皇庁が定めるものと各国の統治者側が定めるものがあり、その内容は国ごとに異なった。対象になる種類もカトリックの基準では異端のキリスト教解説、翻訳された異教の聖典などに始まり、科学書、魔術書などが対象となった。現代では当然のように各国語で読める新約聖書も、ルター翻訳をはじめ、教会が正当と認めるもの以外は「禁書」とされた。
特定の書物の破壊は「個別の集団暴力や政治的反動」が先にあり、「書物は巻き添えであることが多かった」とする著者の主張は示唆に富む。標珠実訳。(白水社、3960円)