『シャチ』
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『シャチ ―オルカ研究全史』水口博也著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
シャチといえば水族館のショー。幼少期、昭和の市井の子弟など、その程度の認識だった。しかし飼育するにしても藝(げい)を仕込むにしても、確かな知識とノウハウ、それを支える生態の研究が欠かせない。
世界中に海生哺乳類を追い求めて、およそ四十年。著者の写真や著述で、評者もシャチやアザラシなどに親しみ、人並みに知識を得た。まさしく啓(けい)蒙(もう)の導き手である。
著者はいわゆる研究者ではない。それゆえに科学的研究を尊重する。取材・著述には、学界最先端の知見をつねに織り込んできた。
このたび自身の事(じ)蹟(せき)をたどりつつ、学術研究を網羅した「全史」が本書である。移動・捕食・繁殖・育児など、シャチの生態のあらゆる情報を収めた一冊。
いかにも厳(いか)めしい体裁は、楽観的な啓蒙ではなく悲観的な警鐘が必要な現状には、かえってふさわしい。環境破壊の影響で、シャチにも絶滅の危機が迫っているからである。
シャチばかりではない。どうやら哺乳類すべてで考えなくてはならないことである。もちろんヒトも例外ではない。(東京大学出版会、4620円)