『すてきなモンスター』
- 著者
- アルベルト・マンゲル [著]/野中 邦子 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784560091319
- 発売日
- 2024/10/02
- 価格
- 2,970円(税込)
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『すてきなモンスター 本のなかで出会った空想の友人たち』アルベルト・マンゲル著
[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)
虚構世界37人のリアル
小学生の頃、図書室にあった『フランバーズ屋敷の人びと』という小説に出てくるディックという控えめな青年に恋をしていた。ヒロインの馬丁である。貸出カードには私の名前が10回は載っていたと思う。本気の恋だった。本書によれば、チャールズ・ディケンズは赤ずきんちゃんが初恋の人だったらしい。
本書を読んでいると、そうしたことがごく普通のことに思える。何しろ、著者の思考への架空の人物たちの入り込みようといったら、半端ではない。著者の頭の中にはたくさんの名言が詰まっていて、何かにつけて引用されるのだが、何とその大半が虚構の発言なのだ。著者の記憶の中では架空の人物と現実の人物が同じ位相にいるようだ。いやむしろ、狂った世界にいて目覚められないのが現実の私たちだという認識を著者は抱いている。だから虚構から学ばねばならないのだ。そうして深い絆を結んだ空想上の人物を著者は「すてきなモンスター」と呼ぶ。37人の「モンスター」について語ったのが本書だ。
さて、赤ずきんは主人公だが、37人のすべてが主人公であるわけではない。巻頭を飾るのは、フローベールの名作『ボヴァリー夫人』から、ヒロインのエンマではなく彼女が幻滅する冴(さ)えない夫、シャルルである。このタイプのキャラクターには他に、ガートルード(ハムレットの母)、リリス(アダムのイブ以前の伴侶)、フィービー(『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の語り手の妹)、クィークェグ(『白鯨』の銛(もり)打ち)、そして「ハイジのおじいさん」がいる。私も二、三番手くらいの人物が気になることが多いので、照明の当て方に嬉(うれ)しくなった。
「37人」と述べたが、実は人数にすれば数え切れないほどであり、37類型と言った方が正確である。というのも著者は、1人の人物から次々に別の虚構の人物を汲(く)み出してくるからである。『人形の家』のノラは、「眠れる森の美女」の王女がすべてを拒否した場合という意味でその末裔(まつえい)だという指摘には唸(うな)った。真にブッキッシュな想像力である。野中邦子訳。(白水社、2970円)