『白猫、黒犬』
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『白猫、黒犬』ケリー・リンク著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
奇想の魔術 お伽話変貌
お伽(とぎ)話(ばなし)をモチーフに、というのは古今東西あらゆる作家が試みてきたパターン。なのでちょっと斜に構えて「ふふん、お手並み拝見といきましょうか」と読み始めたのだけど、これがもう素晴らしいのなんの。ぎゃふんと言って三回回ってお腹(なか)見せちゃう。
元になるお伽話はわたしたちが知っているものが多い。ヘンゼルとグレーテル、ブレーメンの音楽隊、しらゆきべにばら、など(馴染(なじ)みのないお話でも、解説に粗筋が書いてあるので大丈夫)。
でも、そこから生まれた発想の豊かなこと、捻(ひね)りがきいていること! 例えば「白猫の離婚」。元は三人の兄弟が父親の望みの品を手に入れるために旅に出て、末っ子が機転と優しさで首尾良く使命を果たす、という話。これがケリー・リンクにかかると、富豪の離婚と結婚、白猫が経営する大麻農園へと変貌(へんぼう)する。「地下のプリンス・ハット」は最愛の夫が行方不明になり、それを探す男性の遍歴。ネズミ、蛇、芋虫、それに猫に導かれ、地獄(入り口はアイスランドにあるらしい)まで降りていく。ブレーメンの音楽隊をベースにした「白い道」はなんとも不気味で美しいホラーに。ヘンゼルとグレーテルはこれまた奇妙な味わいのSFに。
不思議な家で留守番をすることになったとある学生の一生を描く「スキンダーのヴェール」。この家、裏口を訪ねてくるものはどんな人でも、動物でも、虫でも霧でも迎え入れなければいけない。玄関からやってくるのは、家の持ち主であるスキンダーのみ。けれどけしてスキンダーを家に招き入れてはいけない。
お伽話というキャンバスに、現代らしいディテールや馴染みのある感情といった絵の具で、全く見たこともない絵を描き出してみせる。奇想の魔術師、ケリー・リンクならでは。
冬の夜長、温かい飲み物を片手に、一篇(ぺん)ずつ読むのにぴったり。金子ゆき子訳。(集英社、2970円)