『TwitterからXへ 世界から青い鳥が消えた日』カート・ワグナー著

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『TwitterからXへ 世界から青い鳥が消えた日』カート・ワグナー著

[レビュアー] 小泉悠(安全保障研究者・東京大准教授)

失われた つぶやきの気概

 私のTwitter歴は15年になる。日々のつぶやきに混じって、世界の一流専門家の見解や最新ニュースを追うツールとして、もはや生活の一部にさえなっている。東日本大震災やロシアのクリミア併合、コロナ禍などを巡って大量のフェイクニュースが流れるようになっても、そこには良質な情報や議論があった。

 本書を読んで膝を打ったのは、それがある程度まで企業のポリシーだったということだ。2016年の米国大統領選で当選したドナルド・トランプが不正確な情報や扇情的な発言を撒(ま)き散らす中で、Twitter社には一種の気概があった。コロナ禍の最中、社内でも物議を醸したファクトチェック制度もそうだ。20年の大統領選で敗北したトランプが、「不正選挙」だと明らかに虚偽の情報を発信して議会襲撃事件まで引き起こした際にも、トランプのアカウント凍結を決断した。従業員たちもそれを求めた。

 Twitterを巡るそうした空気が失われて既に久しい。転機は、イーロン・マスクによる22年の買収だ。フェイクニュースの規制を「民主主義への脅威」と見做(みな)すマスクは、数々の問題アカウントの凍結を解除した。その後の展開は知っての通りだ。ツイートの収益化によってインプレッション(閲覧数)稼ぎを狙う「インプレゾンビ」が次々と現れ、ブロックしたアカウントからもこちらのツイートを閲覧できるなど数々の「改良」が加えられた。TwitterをXと改名し、親しまれてきた青い鳥のアイコンを廃止したのもマスクだ。Twitterを「思考の戦いの場」に変えることが人類の利益になる、というのがマスクの信念だが、結果的に「Twitter性」のようなものは大きく損なわれたように思う。

 ただ、私はまだTwitterをやめられずにいる。マスクが作ったXの中で、局所的にTwitterをやっている、とでも言えばいいだろうか。だが、それもいつまで続くか。沈みゆくタイタニックの甲板で演奏を続けたオーケストラのような気持ちを味わう読書であった。鈴木ファストアーベント理恵訳。(翔泳社、2200円)

読売新聞
2024年12月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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