『異次元緩和の罪と罰』
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『異次元緩和の罪と罰』山本謙三著
[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)
10年の「実験」と向き合う
かつて日銀で主要な政策を担った著者が、異次元緩和と呼ばれた大規模な金融緩和政策を痛烈に批判する。この政策がいかに大きな負担を将来の我々に与えるかを丁寧な筆致で物語る。
ほぼ10年にわたる壮大な実験の成果といえば、わずかばかりのインフレ率の上昇にすぎず、目標の物価上昇率2%には全く到達しなかった。引き換えに残されたのは、中央銀行が抱える巨額の国債と超低金利による金利機能の喪失であると手厳しい。
日銀が超金融緩和のもとで行った国債買い入れは事実上の財政ファイナンスであり、数多くの危機の歴史が示すように、財政規律の弛(し)緩(かん)による財政の肥大化と悪性インフレ、ひいては財政危機の原因となる。超低金利は、生産性の低い企業を温存させ、経済の新陳代謝を阻害する。長い目で見れば、イノベーションが起きなくなり、経済の生産性を低下させる。
日本経済が正常を取り戻すためには、日銀が保有する国債を縮小させ、金利正常化を進める必要があるとする。しかし金利の上振れリスクを避けつつ正常化を進めるためには、国債の売却ペースは慎重にならざるを得ない。10年を超える歳月を要する茨(いばら)の道になると悲観的だ。
貨幣をばらまけばいくらでも経済は成長すると考えるのは、かつての素朴な経済学である。最新の研究はもっと進んでいる。低金利が経済に及ぼす影響は、プラスの効果もあればマイナスの効果もあり、また短期的な効果もあれば、長期的な効果もある。全体の効果の見極めは、超低金利の経済ほど大事となる。例えば、預金金利が低ければ、金融資産に占める預金シェアの多い中所得層の資産形成は進まず、長い目でみれば、消費は停滞する。
今回の異次元緩和の経験は、日本人が勢いに任せて熟慮を欠いた歴史として長く語り継がれることになるであろう。金融政策の問題点と正面から向き合った好書である。(講談社現代新書、1210円)