『不器用解決事典』
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【毎日書評】苦手な作業の先延ばし問題を改善する「ちょっとしたタスク」メソッド
『仕事も人生も、これでうまく回る!不器用解決事典』(中島 美鈴 著、朝日新聞出版)の著者は臨床心理士・公認心理士として、ADHD(注意欠如・多動症)の大人の方々にオンラインカウンセリングを提供しているという人物。
ちなみにご自身も、ADHD傾向のあるひとりなのだそうです。部屋の片づけができなかったり、やるべきことを先延ばししたり、約束の時間を忘れてすっぽかすなど、いろいろな失敗をしてきたというのです。
そのため「自分はだらしない」「情けない」と自分を追い込むことも多かったそう。しかし、ADHDについて学ぶ過程において「気合いだけではなく“しくみ”が必要なのだ」と気づき、意思決定や計画立てなどについての物理的なしくみをつくることで、人生が改善されていったのだそうです。
そうした体験を軸に書かれた本書の根底にあるのは、自分を責めずに理解する「認知行動療法」。
認知行動療法(CBT)とは、困りごとが生じた際に、その原因を究明し、解決策を考えるだけでなく、その人の考え方や行動を見直すことで問題解決を図る療法です。(「プロローグ」より)
たとえば部屋が散らかっている場合、多くの人は「忙しくて掃除の時間がとれなかった」というような原因を見つけ、「掃除すれば部屋が片づく」と考えるはず。しかし「自分はだらしない」と過度に自分を責めてしまう人は、落ち込んでなにもする気が起きなくなったりするというのです。それでは部屋がさらに散らかる悪循環に陥ることになっても当然です。
CBTでは、まずこの悪循環を明らかにし、「こうなっているからきついんだ」と自己理解を深めるそう。そのうえで、「部屋が散らかるのは自分がだらしないからではなく、使ったものをもとに戻しにくい配置だからだ」というように、考え方を柔軟にするということです。
そして、独力で掃除するのではなく、ロボット掃除機を使ったり、ものの量を減らすなど、行動自体を変化させたりして気分の改善をはかり、問題解決に向けた行動をとりやすくするわけです。
つまり本書ではこうした考え方に基づき、“13のよくあるお困りごと”についての対処法を明らかにしているのです。しかも“架空の人物に具体的な状況を語ってもらい、それをCBTの視点から解決する”という構成になっているため、無理なく理解できるはず。
そんな本書のなかから、きょうは13「先延ばしにする」内の「なぜ、苦手な作業をどんどん先延ばししてしまうんだろう?」に焦点を当ててみましょう。
ソウタさん(30代、作業服製造販売会社営業職)のぼやき
エクセルで見積書を作るのが苦手です。昔から細かい数字と向き合うのが苦手なんです。なのでお客さまと対面で話すところまではいつもうまくいくのですが、会社に帰って書類を作る段階になると、少し手を付けてみるものの、しばらく寝かせたりして、急に対応スピードが落ちてしまいます。
だから最初の感触ではお客さまといい関係性を築けそうになるのですが、見積書のお渡しが遅くなるせいで、だんだん信頼されなくなっていきます。(222ページより)
「先延ばし」は多くの人に見られること。頭の痛い問題ですが、“先延ばしするかしないか”は、目の前にある課題について「このくらいならできそう」と思えるかどうかが鍵になるようです。
ここに登場するソウタさんは昔から数学が苦手で、社会人になってからも、年末調整の書類などちょっとした書類仕事もうまくできなかったといいます。そうした過去の経験に端を発する苦手意識があるため、「見積書の作成はできそうにない」と不安に思い、着手を避けたのではないかと著者は分析しています。
「あとでやろう」と思えば、一時的に不安な気持ちはなくなるでしょう。しかし長い目で見れば「間に合うかな」「お客さまの信頼を失ってしまうかも」と心配が継続し、ひどい結果になってしまう可能性があるわけです。(222ページより)
ラク生き!解決策
苦手な作業を一つの大きなまとまりとして見るのではなく、10個に小分けしてみる。(223ページより)
先延ばししてしまったのは、見積書という課題を“ひとつの大きなまとまり”としてみてしまっていたから。しかしどんな人でも、苦手なものを最初から完璧にこなそうとすればプレッシャーを感じてしまう可能性は大いにあります。
そこで著者が提案しているのは、“ひとつの大きなまとまり”を“10個の小さな作業”に分解すること。しかも、最初に着手する作業を「ちょろいもの」にすると、より安心して取り組めるといいます。たとえばソウタさんは、見積書作成を次のような10個のタスクに小分けしたようです。
最初の一歩は、①「パソコンを起動させながら作業中に飲むコーヒーを淹れる」にしました。大好きなコーヒーの香りに包まれたら、その次は、②「エクセルを開き」、③「資料を戸棚から出して机に置く」です。いいですね。
④「資料の該当ページを開く」、⑤「作業中に途中で閉じてもいいように付箋をつける」、⑥「見積書の件名を入力」、⑦「単価を入力」、⑧「個数を入力」、⑨「小計と消費税を確認して合計金額を確認」、⑩「見積日を入力して相手に送信」こんなかんじです。(224ページより)
ずいぶん細かいと思われるかもしれませんが、そこには根拠があるようです。著者によれば、私たちの脳の即坐核と呼ばれる部分は「やる気」と「がんばり」を司っており、ここに脳内伝達物質が流れることでやる気が出るそうなのです。
そのため、「コーヒーを淹れる」「パソコンを起動する」といった作業によって少しでも体を動かすと即坐核が活性化するということ。ソウタさんも、こうして見積書を完成することができたそう。
また、ソウタさんはエクセルを開いて、チョコを1粒つまみ、資料を戸棚から取り出してもう1粒、該当ページを開いたらさらに1粒、最後に見積書を相手に送信した後は、ひと息つきながら自分のスマホを取り出して前から欲しかったペンをネット通販で注文しました。(224ページより)
つまり、そういった“ちょっとしたタスク”を終えるたび、小刻みにごほうびを自分に与えたということ。それが作業を進めていくための工夫として機能したわけです。たしかにこうしたアイデアを盛り込めば、“先延ばしの沼”から抜け出すことができるのかもしれません。(223ページより)
必ずしも最初から順番に読む必要はなく、いま自分が困っていることが書かれたページから読める構成。そのため、効率よく悩みを改善できるわけです。不器用な自分から脱するために、活用してみてはいかがでしょうか。
Source: 朝日新聞出版