『鉄路の行間』
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<書評>『鉄路の行間 文学の中の鉄道』土屋武之 著
[レビュアー] 荻原魚雷(エッセイスト)
◆名著から読み解く普及史
小説や詩歌などの鉄道に関する描写を丹念に読み解き、その行間に埋もれた情報を掘り起こす。
森鷗外『みちの記』は難路・碓氷峠を走る碓氷馬車鉄道を書き残している。1893年、横川~軽井沢間の鉄道が開業し、馬車鉄道は廃止になった。乗り心地はかなりひどかったようだ。夏目漱石『坊っちゃん』には愛媛県松山市の伊予鉄道、道後鉄道が登場する(さらに坊っちゃんは東京に戻り、鉄道技手になる)。当時の松山は鉄道の先進地帯だった。
1913年8月、志賀直哉は山手線の電車に跳(は)ね飛ばされ、怪我(けが)をし、その養生のため、城崎温泉に出かける。そして名作『城の崎にて』を書き上げた。「日本文学と国有鉄道にとって、志賀が命拾いしたのは幸いだった」
太宰治は大学在学中に懸賞小説『列車』を書いた。著者はその描写のあいまいさから「鉄道そのものに対して深い興味があったとも思えない」と指摘する。そして作中の「スハフ134273」の謎を解いていく。
川端康成『雪国』冒頭の「国境の長いトンネル」は、群馬と新潟の境の清水峠の清水トンネル。獅子文六『七時間半』は、特急<はと>の東京~大阪間の所要時間が題名になった。同作品は<はと>を<ちどり>と名前を変えている。
かつては「ガソリンカー」というガソリンエンジンで走る車両もあった。上林暁(かんばやしあかつき)の『花の精』に出てくる。著者が中学生のころ、国語の教科書でこの作品を知り、文学に描かれた鉄道に興味を持つようになった。
乗り物好きで知られる阿川弘之の初の鉄道随筆集『お早く御乗車ねがいます』を編集したのは若き日の宮脇俊三だった。後に宮脇は『時刻表2万キロ』など、鉄道作家の第一人者となる。
明治以降、鉄道の普及によって世の中は大きく変わった。時代とともに鉄道も変わり続ける。文学の中には無数の鉄道史の痕跡がある。
貴重な鉄道写真が多数掲載、巻末には文学と鉄道の関連略年表も付いている。
(幻戯書房・2750円)
1965年生まれ。フリーライター。著書『ツウになる!鉄道の教本』。
◆もう1冊
『鉄道文学傑作選』関川夏央編(中公文庫)。文学に現れた「鉄道風景」を読み解く。