『うそコンシェルジュ』
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<書評>『うそコンシェルジュ』津村記久子 著
[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)
◆人間関係と感情の揺れ
日常にもやもやとある、はたから見れば人ごとでも当人には重要な、「悩みごと」が描かれた短編集である。
場所によって態度を変える“複雑な人”との付き合いが重荷になったみのりは、考えた末にうそをついて距離を置いた。それを知った大学生のめいから、サークルをやめるためのうそについて相談される。うそや言い訳の相談が次々持ち込まれる、そんな表題作をはじめ、本書には2016~24年までにさまざまな紙誌に掲載された、11の短編小説が収められている。表題作とその続編以外は関連がない作品群だが、主人公たちが個人的な悩みごとや課題を抱えている点は共通する。
表題作のみのりは、うそを考えることはできても常習的な「うそつき」ではない。習慣管理アプリ、誕生日、うそ、駅のホーム、心霊写真、祖父の遺品、送別会のお店探しなどを手がかりにして始まる物語の主人公たちは、基本的に真面目で、うそや悪癖、人間関係に向き合うからこそくよくよしている。ある人と疎遠になっても新しい縁が生まれたりして、わずかでも状況は進む。学校で無視される期間を過ごして以来、傷つけられたままでいた小学4年生のさなえを描く「居残りの彼女」が巻末の一編として収められている。さなえが明日へと一歩踏み出し、同じように悩みごとがあるだろう読者を力づける。
目下の悩みと感情の揺らぎ、周囲の様子など、日常の言語化しにくい部分が巧みに描かれて、<やましさはおそらく、感じる者の肩にだけどんどんのしかかっていくのだろう>(表題作)といった、物語る中で見いだされた洞察が、多々あるのも読みどころだ。小説は創作で「うその集大成」と言えるものの、現実のうそのように人間関係や世の中を壊さない。人ごとが自分事に思える小説のうそは、なかなか高度な技なのだ。
いろいろある毎日でも、とりあえず明日へ。あらためて人と出会うときには、心が少し鍛えられている。「今」の人々の姿をあざやかに描いた、珠玉の短編集である。
(新潮社・1980円)
1978年生まれ。芥川賞を受賞の『ポトスライムの舟』など作品多数。
◆もう1冊
津村記久子著『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版)。谷崎賞を受賞するなどした長編小説。