矢野 隆『琉球建国記 尚円伝』(集英社文庫)刊行に寄せて 憎まれっ子世にはばかる

エッセイ

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

琉球建国記 尚円伝

『琉球建国記 尚円伝』

著者
矢野 隆 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087447262
発売日
2024/12/20
価格
858円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

矢野 隆『琉球建国記 尚円伝』(集英社文庫)刊行に寄せて 憎まれっ子世にはばかる

[レビュアー] 矢野隆(作家)

憎まれっ子世にはばかる

 前作『琉球建国記』を書いた際、このタイトルには作者である私自身、若干の違和感があった。みずからが付けたタイトルに違和感があるというのもおかしな話なのだが、前作の主人公である阿麻和利(あまわり)は、琉球国の地方統治者である按司(あじ)という立場でありながら、琉球国に反乱を起こした男である。そして、彼は反乱の後に王府に敗れた。つまり、琉球国の建国者ではない。しかし、彼の反乱と、その時代の琉球国の情勢が、後に第二尚氏(しょうし)と呼ばれ、明治まで続くことになる王朝が築かれる契機となったこともあり“建国記”という語をタイトルに用いた。
 では、真に建国記と呼べる作品の主人公たり得る者は誰なのか? 
 それが本作の主人公である金丸(かなまる)である。
 琉球史に多少なりとも触れたことのある方ならば、金丸という名前を聞けば、彼がどういう男なのかは語る必要はないだろう。それほど、この金丸という男は、琉球史にとってなくてはならない人物なのである。
 北山(ほくざん)、中山(ちゅうざん)、南山(なんざん)の三つの国にわかれていた琉球を統一して第一尚氏王朝を築いた尚巴志(はし)と並ぶ、琉球建国の英雄。それが金丸である。
 しかし……。
 そんな琉球建国の英雄を、私は前作では主人公のライバルという立ち位置で作中に登場させた。しかも、体格に恵まれ、武勇の才と人望をも手にした阿麻和利とは対照的に、体格と武の才に恵まれず、策謀によって王の側近になった敵役として描いたのである。
 陽の阿麻和利と陰の金丸というコントラストによって、まばゆい陽光が紺碧の海に降り注ぐ琉球という国の歴史を描き出そうと思ったのだ。陰が濃ければ光が際立つ。金丸を陰湿にすればするほど、阿麻和利という男が光を放つ。金丸が策謀を巡らせれば巡らせるほど、阿麻和利とその仲間たちの熱が増し、戦いは激しくなってゆく。前作は、金丸という“憎まれ役”のおかげで、阿麻和利の凄絶な生き様を描くことができたと思っている。
 さて……。
 本作の主人公は、その“憎まれ役”の金丸なのである。
 前作では、阿麻和利とその仲間たちが活躍した勝連(かつれん)半島に焦点を当てて彼らの人生を描いたため、金丸については触り程度のことしか描くことができなかった。
 前作に登場する金丸は、すでに王の腹心という王朝の高官であり、阿麻和利とも対等に接することのできる立場にあった。
 だが、金丸という男は生まれた時から、王朝の高官という立場を保障された人物ではない。金丸は琉球本島ではなく、伊是名(いぜな)島の貧しい民の家に生まれた。若い頃、田畑に用いるための水を盗んだという罪に問われ、島の男たちから追われ、妻と弟とともに命からがら島を逃れ、本島に流れ着いた。その後、妻と弟とも離れ、首里へとたどり着いた苦労人なのである。
 首里へと移った金丸は、尚巴志が築いた第一尚氏に仕え、その才を見いだされて、彼の息子である尚泰久(たいきゅう)の側近となるのだ。この尚泰久が、後に第一尚氏の王となることで、金丸は王の腹心という立場を得る。阿麻和利と出会うのは、この頃のことである。
 琉球史に明るい方々は、ここまでの文章を読まれて「なにをくどくどと遠回りなことを言っているのか」と、あきれていることだろう。
 さて本題である。
 この、伊是名島から命からがら琉球本島に逃れた男。王の腹心のままでは終わらない。
 王になるのだ。
 明治まで続き、いまなお血統が残る第二尚氏の初代の王になるのである。
 まさにこの金丸こそが『琉球建国記』という名にふさわしい主人公なのである。
 そんな琉球屈指の英雄を、私は先にも書いた通り、前作で“憎まれ役”として描いた。前作を読んでくださった方のなかには、金丸という男が嫌いになったという方もおられるかもしれない。
『琉球建国記 尚円伝』は『琉球建国記』の続編である。つまり、本作の主人公である金丸は、前作の金丸と地続きの存在である。
“憎まれ役”のまま主人公として、彼は王になる。ネタバレである。だが、歴史小説は常にオチがわかっている。
 阿麻和利と出会う前の金丸はどうやって尚泰久の腹心になり得たのか? 阿麻和利が死した後、金丸はどう生きたのか? いかにして王になったのか? 前作で生き残った者たちの運命も、本作では明らかにしている。
 憎まれ役が王になる。前作を読まれていない方も、そんな主人公に興味を持たれたならば、ぜひとも本作を手に取っていただきたい。

矢野 隆
やの・たかし●作家。
1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。著書に『慶長風雲録』『斗棋』『山よ奔れ』『戦百景 長篠の戦い』(細谷正充賞)『至誠の残滓』『琉球建国記』(日本歴史時代作家協会賞作品賞)『覚悟せよ』『とんちき 蔦重青春譜』等多数。

青春と読書
2025年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク