<書評>『超空洞物語』古川日出男 著

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超空洞物語

『超空洞物語』

著者
古川 日出男 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065372494
発売日
2024/10/24
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『超空洞物語』古川日出男 著

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

◆小説を巨大化させる駆動力

 平安中期に誕生した全20巻からなる日本最古の大長篇小説『うつほ物語』。遣唐使の清原俊蔭(きよはらのとしかげ)が唐に向かう途中で難破し、波斯国(はしこく)(ペルシア)に漂着したのを端緒とするこの物語を、光源氏に読み解かせたというのが本書の設定だ。

 須磨の浦に流離している<かれ(光源氏)>が、鄙(ひな)に持参したのが『うつほ物語』第1巻「俊蔭」と7弦の琴(きん)。内に<比類なき空洞>を抱える<かれ>は、その物語を水墨画にしたためていく。俊蔭の娘とひ孫のいぬ宮が、上皇を前に琴の秘技を披露し奇跡を起こす最終巻から、ペルシアから秘琴を持ち帰った俊蔭まで時間をさかのぼる形で。

 7弦の琴の名手となって帰国し、娘に秘琴と技を託した俊蔭。大物の息子と一夜を契り、生まれた仲忠(なかただ)を木のうつほ(空洞)で育てることになった娘。母親から琴の秘技を伝授された仲忠。その娘で6歳にして非凡な楽才を見せたいぬ宮。7弦の琴の一族の物語を逆回転で描いていく<かれ>を主人公にした章と、<かれ>が水墨画にした物語の筋をたどる章の合間に差し挟まれるのが、作者による物語論が展開される章「超空洞」だ。

 <話型とは空洞だと僕は発言できる。空洞は貪婪(どんらん)だ><日本の物語文学は空洞をマトリックスにしている。(略)譚(はな)しを転がしながらの巨体化、巨大化はそれゆえに高い確率で出来(しゅったい)する>(マトリックス=仮想現実)と述べる作者は『うつほ物語』から『源氏物語』『南総里見八犬伝』と続いていくメガノベルの系譜をたどる。<野放図(やみくも)な巨大化、というよりも超巨篇化>に向かってしまう類いの物語の駆動力をうつほに求め、それらを<空洞物語>と定義する。もちろん、そこには自身がものしてきた作品も入る。

 つまり、これは古川日出男による古川日出男論なのである。自作がなぜ長大化してしまうのかという謎を解明する考察小説なのである。しかも、その物語論が斬新であるがゆえに優れた批評の書でもある。それを今回は165ページと短めにまとめたことに、古川メガノベルのファンであるわたしは驚いてもいるのだ。

(講談社・2090円)

1966年生まれ。作家。『アラビアの夜の種族』『聖家族』など多数。

◆もう1冊

古川日出男訳『平家物語』全4巻(河出文庫)

中日新聞 東京新聞
2024年12月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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