SF金字塔『星を継ぐもの』シリーズ最新刊『ミネルヴァ計画』の「あらすじを忘れても大丈夫」な読書ガイド【新年おすすめ本5選】

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大森望「私が選んだBEST5」新年お薦めガイド

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 本格SFの代名詞『星を継ぐもの』の日本上陸から44年。シリーズ第5弾の『ミネルヴァ計画』がついに邦訳された。その帯に〈シリーズ累計266刷154万部突破!〉と高らかに謳われる超ヒット作だが、著者のホーガン氏は2010年に世を去っているので、泣いても笑ってもこれがシリーズ最終巻。

 いまごろ出ても前の話を忘れちゃったよという読者も多そうだが、著者自身が既刊4作のあらすじを冒頭で懇切丁寧に解説しているからご心配なく。ちなみに本書は第3部『巨人たちの星』のすぐあとに続く話なので、番外編的な第4部『内なる宇宙』は未読でも大丈夫。われらがハント博士がマルチヴァースの自分自身から電話を受けるのが今回の発端で、博士はダンチェッカー教授ともども(5万年前の)惑星ミネルヴァへと赴くことになる。

 前半は例によってひたすらSF設定が開陳され、後半は(またもや)悪いジェヴレン人との戦いというか騙し合いが始まる。長く未訳だった割に意外と(?)面白く(ダンチェッカーの従姉妹で超おしゃべりなミルドレッドがいい味出してます)、完結編を読んだぞ!と威張るためにも、寝正月のお供にぜひどうぞ。

 対する日本のSF長編では、藤井太洋の星雲賞受賞作『マン・カインド』がお薦め。こちらの帯には〈人類を継ぐのは何か?〉と大書されてて、まさに小松左京『継ぐのは誰か?』の21世紀版という趣だが、エンタメ的には高野和明『ジェノサイド』を継ぐ作品でもある。“公正的戦闘規範”に基づく未来の戦争のリアルな描写と圧倒的リーダビリティ、著者らしい前向きな結末が光る現代的な傑作だ。

 短編集では、飛浩隆『鹽津城』がダントツ。全6編どれをとってもハズレはないが、93ページある表題作が圧倒的にすごい。2009年にL県沖で発生した大地震が巨大な鹵津波(海水から分離した塩分が陸に押し寄せる現象)を引き起こし、数千万トンの鹵がつくる〈鹽津城〉が原発を密封した世界。塩分濃度が異常に高い線条が体内に形成される原因不明の奇病〈鹹疾〉が蔓延する世界。〈鹵攻〉の進展により環境が激変、日本人の人口が100万を切り、男性も出産するようになった遠未来……。

 15年で60億部を売ったという大ヒット漫画『鹹賊航路』が扇の要になり、三つの世界の物語が複雑にからみあう。汲めども尽きぬ謎と魅力に満ちた、オールタイムベスト級の傑作だ。

 内村薫風『ボートと鏡』は、語り手の小説家が父親の死を看取る「ボート」と、戦闘機パイロットがベラスケスの絵について回想する「鏡」の2中編を収めた作品集―だが、それを『ボートと鏡』と名づけることによって、たがいにまったく関係なさそうな2作を魔術的に合体させる。まるでベラスケスの絵のように要素を配置して小説を構成する「鏡」と、まるで私小説のように父親との関係を語る「ボート」とがどこでどう結びつくのか。これまた何度も読み返したくなる小説。それに対して小説を読む喜びについて正面から語るのが野崎まど『小説』。

 小説を読むことが好きで好きでたまらず、人生のほとんどすべてを費やして小説を読んできた主人公の悲痛な叫び、「読むだけじゃ駄目なのか」が強烈に胸に刺さる。

新潮社 週刊新潮
2025年1月2・9新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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