『全悪 警視庁追跡捜査係』
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堂場瞬一の世界
[文] 角川春樹事務所
堂場瞬一
2000年に第13回小説すばる新人賞を『8年』で受賞しデビューしてから、20年以上も精力的に執筆を続けてきた堂場瞬一氏。その著作が200冊の大台に至るという。
それを記念して、デビューから今までの執筆の軌跡とこれからの展望について、文芸評論家の細谷正充氏との対談で語っていただいた。
スポーツ小説から警察小説、また戦前を描いた歴史小説など、堂場瞬一の世界を概観する。
◆堂場瞬一を形づくる2つの小説の柱
細谷正充(以下、細谷) 今年中に、著書が200冊に達するそうですね。
堂場瞬一(以下、堂場) ええ、死ななければ(笑)。
細谷 あっという間という感じですか?
堂場 あっという間でしたね、本当に。
細谷 デビュー作がスポーツ小説で、次が警察小説。このふたつのジャンルが創作の柱になっています。最近出版された『綱を引く』は、スポーツ小説ですね。
堂場 嫁が「すげえ面白い」って言って読んでいるんですけど、ちょっと今までのスポーツ小説と感じが違うんです。競技そのものよりも、地域との絡みの方が大きい。僕は競技そのものに常に重点を置いて、あまりサイドストーリーとかが好きではなかったんです。なんで「綱引き」かというと、完全に全員が力を合わせなければいけない、究極のチームスポーツを書きたくて。だけど「引く」だけなんで、さすがに持たなかった(笑)。競技のテクニックとしては大変なものがあるんですけど、これがまた凄く書きにくい。で、そうなってくると、どうしてもサイドのストーリーが必要だなと、こういう書き方をしたんですけど、若干、自分の筋を違えた感じはないでもないですね。ただ、いろいろと試してみようという気持ちはあるので、今回はこういう形になりました。
細谷 スポーツ小説を書くときは、スポーツそのものに集中したいと。
堂場 はい、あまりそういう風に書いている人がいないので。横のストーリーを広げがちじゃないですか。その方がだいたい面白くなるし。でも僕は、本当に穴をひたすら掘り続ける方式でやってきた。ただ今後どうなっていくかは、ちょっと分からないですけどね。
細谷 分からないとは?
堂場 正直言っちゃうと東京オリンピックで、一回気持ちが折れていますから。やっぱりリアルの方でいろいろありすぎて、なんか裏側というか、変なところが世間の人にも見えちゃったなと思って。みんな、なんとなく分かっていたことが明るみに出ちゃった状態で、熱血の話は書きにくいよねっていうのが、今の感覚です。
細谷 ああ、なるほど。
堂場 スポーツ小説はこれから非常にやりにくい状況になってきているなと。みんな何事もなかったかのように、昨日まで野球で盛り上がっていましたけど、実際はなんか違うぞっていう。自分の中で今、凄く疑念を抱えたままやっている。ただ、暗い面で書くと、誰も読んでくれないんで(笑)。スポーツのことはもう大谷(翔平)さんに任せて、楽しい気分になるからいいのかな、みたいな。そういう、ややマイナスの気分に、東京オリンピック以来なっています。
細谷 もうひとつの柱の警察小説は、「警視庁追跡捜査係」シリーズの最新刊『全悪』が出ますね。警察小説はシリーズ物が多いですが。
堂場 このシリーズも最初はそういう話じゃなかった。普通に連載やって一発出して、その後は特に話はなかったと思うんですよ。だから、なんでこれがシリーズになったのかよく分からない。
細谷 「警視庁追跡捜査係」シリーズは、堂場さんの警察小説シリーズの中では、一番手間がかかってるんじゃないですか。
堂場 凝った話は好きではない。幹が太いシンプルな話で、横にチョンチョンチョンチョンって葉っぱをつけていく書き方が好きなんですよ。で、このシリーズは幹が三本ぐらいあったりとか、あまり自分のスタイルじゃないんです。でも、たまにこういうことやらないと、頭が固くなってしまう。まあ、年に一回これを書くのは柔軟体操になっているなと。
◆最新作が描こうとしている現代の闇とは
細谷 今回は主人公の二人の刑事が同じ事件を追って、そこから一人が別の事件を追うようになったと思ったら、いつの間にか元の事件と繋がっていくという。
堂場 そうですね、何回か書いているパターンだと思います。他の警察小説は、いかにもありそうな感じの事件が多いんですよ。そして、いかにもやりそうな捜査で解決していく。どちらかといえば、ドキュメンタリー寄りの雰囲気。でも「警視庁追跡捜査係」は、意図的にやっていますけど、凄く“お話的”ですよね。同じ警察小説でも振り幅ってあると思うんですよ。全然リアルじゃないけど面白いものもあるわけですし、あるいは「あ、これ本当にあるある」って言われながら全然面白くないものもある。いろいろな振り幅を考えてやっていく中で、これが一番お話を面白くしようと思ってやっています。『全悪』の後の、来年のやつも、今までにはないパターンをまた考えてます。
細谷 読んでいて感心するのは、刑事が関係者の話を聞くとき、相手の性格などを察して、聞き方を変えるところですね。
堂場 基本的にインタビュー小説だと思っていますから、そこは非常に重要なポイントです。今の捜査ってデジタル化されている部分が多くて、例えば防犯カメラの解析とかでかなりの部分が分かってしまう。犯人の足跡を追えちゃったりするんで。そうすると、それは全部机の上でやっている話で、ダイナミズムがないんですよ。だから、ちょっと古いタイプの感じになるんですけど「これが王道でしょ」みたいな考え方がある。逆に、50年後の警察小説が、どうなっているかって凄い楽しみなんですけどね。みんなどうやって書くのかな。僕はあえて古い感じで、人に当たっていくっていうことを中心にやっていきたい。まだ今なら通用する。
細谷 でも堂場さんは、現代の最先端を意識的に取り入れていると思います。
堂場 最新のネタは常にね、やっぱり探していますから。
細谷 『全悪』には10年くらい裁判をやって無罪になった男の人生が、無残な形で描かれています。
堂場 レアケースなんですよね。日本の裁判で無罪って、なかなか無いんです。有罪率が非常に高いですから。でも、もしも本当にそれが間違いであったらっていう恐怖は常にあるわけじゃないですか。で、死刑廃止論とかにも繋がってくるわけです。だからシミュレーションなんですけど、そこはリアルに辛く書いた。(このシリーズは)昔の事件を掘り起こすのが基本です。二人の刑事が隠されていたことを掘り起こしていって、その辛さみたいなものが実はベースにある。
細谷 堂場さんの警察小説は過去の事件を掘り起こすというパターンが割と多いですよね。
堂場 過去の(実際の)事件とか見直すのが大好きなんです。ただ結果を見ていると、とりあえず裁判では証拠としては問題ないから無視されたけど「何か変だな」みたいなのが結構あるんですよね。
細谷 司法もシステムとして割り切らなきゃならない部分っていうのは当然ありますけれども、そこで零れ落ちるものが出てきちゃう。
堂場 そうなんですよ。だから“真相”と“真実”の違いみたいな、裁判で認定された真相と、現実の真実がずれるってこともあるわけで。警察官が基本的に裁判でちゃんと有罪にできるような真相を掴めばいいんですけど、でもそこから零れ落ちたものっていうのはやっぱり気になる。それによって人生が変わっちゃった人っていうのは、結構いるはずなんですよ。そういうところの苦しさみたいなものがあるよってことは、忘れないで書いていきたいですね。
◆近現代の過去を描いてきた堂場流歴史小説
細谷 過去を掘り起こすということで、歴史に対する興味はありますか。
堂場 最近になって近現代史に凄い興味が出ている。歴史小説って基本的に、全然興味ないんですよ、今と断絶しちゃって直接繋がってこないから。純正エンターテインメントとして書くとなると、今に繋げるのが結構難しいと思う。まあ、あまり日本史が得意じゃないっていうのもあるんですけど。世界史は興味あるんで、そっちは書かせてくれないかなと思ってるんですが。誰かメッテルニヒ(オーストリアの外交官)とか主人公に書かせてくれないかな。だから逆に、今に繋がってくる近現代史ですよね。戦前とか戦中戦後にかけての頃だと、まだ直接繋がる流れがあるので、そこは興味がある。
細谷 やはり最近出版された『ポップ・フィクション』は、大正時代が舞台ですね。
堂場 最近、打ち合わせやると、紙代値上がりしましたみたいな景気の悪い話から始まるじゃないですか。でも、とにかく刷れば儲かる時代ってあったんですよ(笑)。そういうのが羨ましくて、一回、頑張れば売れるっていう結果が出るものを書きたかったんです。業界の人はすぐ解ってしまいますが、(雑誌の)「キング」ですけど。あの時代の話をいろいろ調べて聞いて、凄いなと思った。まぁ、関東大震災は出てきますけど、明るく楽しく景気よくっていうキーワードでやらせてもらいました。
細谷 明るく楽しい出版業界物語。
堂場 やっぱり業界の勢いのある時代を書いていると、楽しいんですよね。昭和30年代の週刊誌戦争の時代とかあるわけですから、その辺も書きたいなと思っています。あとは平成半ばのネットの黎明期の話を書いて、なんとなく一連のメディアものシリーズが終わるっていう。
細谷 最後になりますが、200冊を超えたら、次の目標は300冊でしょうか。
堂場 そうなんですけど、数で言うのもこれで終わりにしようかな。ただ、誰も書いてないようなスタイルでやってみたい気持ちはあるし、誰も書いてないような話も書いてみたいと思っています。
【著者紹介】
1963年茨城県生まれ。2000年、『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。著書に「警視庁追跡捜査係」「ラストライン」「警視庁総合支援課」「刑事・鳴沢了」「警視庁失踪課・高城賢吾」「アナザーフェイス」「捜査一課・澤村慶司」「刑事の挑戦・一之瀬拓真」の各シリーズの他、『刑事の枷』『沈黙の終わり(上・下)』など多数。