『君はなぜ北極を歩かないのか』
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まるでスポ根ドラマ?! 北極圏踏破に挑んだアウトドア初心者の若者たち
[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)
北極冒険家の荻田泰永が若者十二人を連れて、極北カナダのバフィン島を六百キロ以上歩く冒険行をおこなった。参加したのは北極どころか登山やアウトドアの経験のない普通の若者ばかり。環境に慣れると、雰囲気は徐々に緩み大学サークルのノリみたいになってくる。圧倒的な経験値の差ゆえ、彼らには荻田への依存心もある。主体的に活動にむきあい、自分で考えて判断することを何より重視する荻田には、その、人任せな態度が許せない。
旅は人生と同じだ。緩んだ規律と精神を引き締めるため、荻田はしばしばキレる。容赦なく鉄拳をふるう。神の逆鱗に触れた下々は右往左往する。「お願いします! 最後までやらせてください!」「ダメだ! お前はクビだ! どけ!」。若者たちは荻田にすがり、ついに主体性を獲得してゴールを果たす。
読みながら思った。私はいったい何を読まされているのだろう。まるっきり「スクールウォーズ」を地でゆくスポ根ドラマじゃないか。荻田君は何故こんなに真剣に見ず知らずの若者とむきあうのか。ものすごく大変そうにしか思えない……。
しばし考えた結果、それは経験した者の責任感ゆえなのだろうと思った。極地を冒険する。たしかに普通できることではない。でもそれは本人の力だけでできたことなのか? いや、そうではない。能力や資質、家庭環境もふくめ、本人の力が及ばないところで幸運がはたらき、できたことでもあるはずだ。だとしたら、その経験を自分だけのものにしておくことは許されない。経験した者にはその経験を社会に伝える責務があるのだ。ここに書かれているのはその苦労と格闘の物語である。
伝えられた経験は若者たちの今後の人生に生かされるだろう。われわれはその物語を読むことはたぶんできないけれど、彼らのそばで生きていく人たちに、この旅のメッセージは静かに受け継がれてゆくはずだ。