なぜトランプなのか? アメリカ現地取材でわかった「分断」の生々しい実像

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トランプ再熱狂の正体

『トランプ再熱狂の正体』

著者
辻 浩平 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784106110436
発売日
2024/08/19
価格
924円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

なぜトランプなのか? アメリカ現地取材でわかった「分断」の生々しい実像

[レビュアー] 吉崎達彦(双日総合研究所チーフエコノミスト)


ドナルド・トランプ(The White House Flickrより)

 いよいよ第2期トランプ政権が、1月20日にスタートする。とはいえ、あのハチャメチャな言動を続けてきたトランプがなぜ大統領に選ばれたのか、多くの日本人が十分に理解しているとは言いがたい。

 トランプを支持する人たちの言い分に耳を傾けることで、アメリカの分断の深層に迫った著書『トランプ再熱狂の正体』を、アメリカ政治と社会に詳しいエコノミスト・吉崎達彦さんの書評で紹介する。

 ***

 なぜ、ドナルド・トランプ氏は再選されたのか。前回の選挙結果を受け入れず、司法の追及も受けている人物が、なぜかくも熱狂をもって迎えられるのか。
「トランプ現象」には既にさまざまな解説本が出ている。ラストベルトに住むトランプ支持者たちの実態については、朝日新聞の金成隆一記者による『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』(岩波新書)など一連の優れた著作がある。歴史的な洞察については、会田弘継氏の『それでもなぜ、トランプは支持されるのか:アメリカ地殻変動の思想史』(東洋経済新報社)が圧巻である。
 しかし2024年選挙の背景について知るためには、本書にもチャンスを与えてほしいと思う。出版が昨年夏時点なので、カマラ・ハリス副大統領への「候補者差し替え」以降の出来事には触れられていない。それでも2020年以降、コロナ下のアメリカに駐在したNHK記者が、取材を通して描いた「直近のアメリカ社会」からは多くを学ぶことができる。

コロナで分断がエスカレート

 著者は学校現場における「禁書」の広がりを取材していく。『アンネの日記』が禁書になるという話は聞いていたが、今や「ポケモン」さえもが禁止の対象になりかねないとのこと。学校現場における保守とリベラルの対立は、なぜここまでエスカレートしたのか。
 きっかけは、新型コロナウイルスとの共存にあったという。
「学校で子どもたちのマスクを義務化するか、しないか」
「授業はオンラインか、それとも対面にすべきか」
「ワクチンは打つか、打たないか」
 これらの論点で保護者が激しく対立するようになり、それまであまり注目されたことのなかった学校図書館の蔵書までもが、「文化戦争」の最前線になったのだという。
 確かに政治的分断は、第1期トランプ政権が発足した時点で既に深刻なものがあった。それが2020年の「ブラックライブズマター」問題あたりから、どんどん過激さを増していく。出口の見えないパンデミックの日々が、価値観の対立をエスカレートさせてしまったのであろう。
 思えばコロナ禍と共に過ごした2020年代前半の日々は、目に見えないところで多くのことを変えてしまった。われわれの日本社会は、政治的分断という点はさほどではなかったにせよ、恐ろしく神経質でリスク回避的になった。しかもそのことに対して、われわれは無自覚であり、それ以前の呑気で闊達な暮らしには再び戻れそうもない。なおかつ少しでも前のことは、どんどん忘れ去られてしまうのである。
 本書には、「1月6日事件」に居合わせた著者の体験も描かれている。連邦議事堂が襲撃されたあの事件は、まさにアメリカ民主主義の悪夢であった。あのとき、普段は勇敢なアメリカの警官たちが、なぜトランプ支持者たちに対してはひるんでいるように見えたのか。「当時はまだワクチンが普及しておらず、マスクをしていない支持者の海に突っ込んでいく」ことが難しかったのだと著者は指摘する。ああ、そうだった。そんな初歩的なことさえ、映像で事件を知る後世の人たちにはわからなくなってしまうのかもしれない。

強大に膨らむ「敵」のイメージ

 政治的分断の進行は、メディア自身の責任でもある。保守派は「メインストリームメディア」を信用してくれない。そんな彼らを取材する際の手法や思惑、意外な反応まで、著者は誠実に手の内を明かしている。例えば、「価値観の対立を映像化することは簡単ではない」(P100)という記述からは、テレビ局ならではの発想が窺えて興味深い。
 分断を解消するにはどうしたらいいのか。著者は「互いが対話すらできていない」、「双方が相手を実態以上に『悪者扱い』している」けれども、取材してみると「実は相違点より共通点の方がはるかに多い」と言う。ところが、両者の対話をとりもつことは容易ではない。
 ネットがコミュニケーションの中心手段となる世の中は、遠くの知人との関係が深まる一方で、近くの知らない人との距離が遠くなる時代でもある。そして「敵」のイメージは強大に膨らんでいく。とは言っても、今さらスマホのない時代に戻ることはできない相談なのだが。
 メディアの問題については、「ピンクスライム・ジャーナリズム」(地方紙が経営難で相次いで廃刊になる中で、AIなどを使ってお手軽にローカル記事を提供する新興メディア企業の隆盛)や、「フィードバック・ループ」(顧客のテイストに合わせてメディアが左右に擦り寄っていき、結果として視聴者の分極化がさらに進む)などの現象も紹介されている。メディアが企業として生き残るための努力が、政治的分断を加速していると考えるとなかなかに罪深い。
 著者はエルサレム支局長を経験しており、随所に「中東経験」が陰を落としている。保守とリベラルの対立は、まるでイスラエルとアラブのようである。養老孟司教授『バカの壁』に登場する「係数ゼロ」というアイデアが紹介されている。すなわちトランプ支持者には、どんな悪材料をインプットしても、「係数ゼロ」をかけ合わせれば答えはゼロとなり、受け入れられないのだ。ファクトが意味をなさない状態で、ジャーナリズムには何ができるのだろう。
 今のアメリカはまだ「日本の公共放送です」と名乗れば、(戸惑いながらも)中立と見なしてもらえるらしい。それがいつまで通用するのか。トランプ第2期政権は1月20日に発足する。

新潮社
2025年1月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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