『家の神さま 民間信仰にみる神と仏』文・鶴岡幸彦/写真・西岡潔

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家の神さま 民間信仰にみる神と仏

『家の神さま 民間信仰にみる神と仏』

著者
鶴岡幸彦 [著]/西岡潔 [写真]
出版社
大福書林
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784908465239
発売日
2024/10/15
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『家の神さま 民間信仰にみる神と仏』文・鶴岡幸彦/写真・西岡潔

[レビュアー] 金沢百枝(美術史家・多摩美術大教授)

素朴な木彫 切実な祈り

 稀(まれ)に、ページを繰るたび、顔がほころぶ本がある。まちがいなく本書はそのひとつ。大福書林の民衆藝術叢書(げいじゅつそうしょ)の四冊目で、日本の民間仏を豊富な写真とともに紹介する。かつて、各地の田んぼや里山、道端や家の竈(かまど)周りに置かれたものたち。身近な、しかし切実な祈りを受けとめてきた神仏や動物たちの素朴な佇(たたず)まいには、心をほっこりさせる力がある。

 竈の煤(すす)で黒くなった木彫は、古そうに見えるが、近世のものだろう。解説に制作年代は記されていない。どの地域のものか説明されている場合もあるが、なんの像かさえ不明なものもある。なかには、現代の抽象彫刻か、エジプトの副葬品と言われても納得してしまいそうなほど、単純化されたかたちもある。どれも「名のある仏師や高僧の手によるものでもなく、歴史的価値を有するものでもない」。「王道とも本流とも外れるゆえ」なのか、蒐集(しゅうしゅう)家であり著者である鶴岡氏の文章は慈しみで満ちている。無名の作り手による作為のない造形が経年変化により形を失い、なんとも味わい深い。

 ここで紹介されているのは、氏のコレクションのなかでも選(え)りすぐりなのだろう。観音さまやお地蔵さま、道祖神(どうそじん)、蚕神像、恵比寿さま、大黒さまといった馴染(なじ)みの神仏もいるが、名品とはまったく姿が異なるものもある。とくに、岩手県の馬(ば)頭(とう)観音像は、頭上に馬を刻み、馬にまたがる独特の姿だ。山の神や山神社奉納物などは、折り紙の奴(やっこ)さんに近い。

 動物も多い。神馬、撫牛(なでうし)、狛犬(こまいぬ)、お稲荷さんの狐(きつね)、御犬信仰とつながる狼(おおかみ)、そして招き猫。木の枝の形をそのまま利用したと思われる長い「手」をもつ招き猫の木彫には、心をわしづかみにされた。真剣な顔つきもまた憎い。まじめに御利益を期待してしまいそうだ。「左手招きは人を、右手招きは財貨をもたらす」そう。猫の長い手にあやかって、遠くの方からも運をひきよせたい年初である。(大福書林、3300円)

読売新聞
2025年1月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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