<書評>『<弱さ>から読み解く韓国現代文学』小山内園子 著

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〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学

『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』

著者
小山内 園子 [著]
出版社
NHK出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784140819791
発売日
2024/11/11
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『<弱さ>から読み解く韓国現代文学』小山内園子 著

[レビュアー] 小島慶子(タレント、エッセイスト)

◆希望奪われた人々に寄り添う

 本書のタイトルと、昨年12月の突然の戒厳令から続く韓国の大統領弾劾をめぐるニュースのイメージは、結びつかないかもしれない。雪の積もる路上に座り込みを続けて抗議の声を上げる人々の姿からは、熱いエネルギーと意志の強さを感じる。その背景についても、この本を読めば理解が深まるはずだ。

 著者によると、韓国では作家は社会問題について声を上げることを求められるという。本書で取り上げている中に、『82年生まれ、キム・ジヨン』などよく知られている作品もあれば、読者が初めて出会うタイトルもあるだろう。これは単なる作品紹介ではない。文学を通じて韓国社会を歩く、ガイドブックである。

 今年は終戦から80年だが、日本の辿(たど)った道と韓国の戦後とは大きく異なる。韓国では、日本の植民地支配が終わってからも、米ソによる朝鮮半島の分断統治、朝鮮戦争、休戦後の軍事独裁政権下での弾圧と多くの苦難が続き、1980年代後半にようやく民主化を果たした。自由を手にするために多くの犠牲が払われたことを思えば、いま凍(い)てつく路上に座り込む人々の訴えの切実さが伝わってくる。

 民主化後、97年の東アジア通貨危機で韓国は国家が破産状態に陥った。それからわずか20年で大きな経済成長を遂げた結果、格差が急速に拡大して多くの人々が将来に希望を抱けなくなっている。激しい競争と学歴社会、家父長主義的な習俗、兵役やジェンダー格差など、人を格付けし枠に嵌(は)める様々(さまざま)な圧力に晒(さら)される社会では、いつ誰が弱者になるかわからない。

 著者の言う<弱さ>とは、個人的な能力や精神力の話ではない。“本書では「自らの意志とは関係なく、選択肢を奪われている立場」を<弱さ>とすることにします。(中略)韓国の現代文学で描かれている<弱さ>は、実に多彩です”とある。弱い立場に追い込まれた人々に直向(ひたむ)きに耳を傾ける作家たちの姿に著者は深い敬意と信頼を寄せ、読者に引き合わせてくれるのだ。

(NHK出版・1870円)

韓日翻訳者、社会福祉士。訳書にク・ビョンモ『破果』など。

◆もう1冊

『亡き王女のためのパヴァーヌ』パク・ミンギュ著、吉原育子訳(クオン)

中日新聞 東京新聞
2025年1月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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