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<書評>『比翼の象徴 明仁・美智子伝(上)(中)(下)』井上亮(まこと) 著
[レビュアー] 平山周吉(雑文家)
◆柔和さの奥に能動的天皇観
完璧を期した伝記が、生前に刊行される。「生前退位」した人にふさわしい出版といえる。タイトルからわかるように、上皇と上皇后が、良き夫妻として対等に描かれる。それだけでも天皇伝として画期的だが、真の主役は、むしろ上皇后なのかもしれない。そこにも説得力を感じさせる。
著者の井上亮は衝撃的な「富田メモ」をスクープした敏腕記者だ。「本書の記述はすべて筆者による取材と信頼を置ける資料に基づいており、想像、憶測(おくそく)に基づいたものはない」という一文が「序」にある。掛け値なしの言葉で、2人の誕生から退位の日までが、厚みをもって迫ってくる。昭和も平成も、この国は「天皇のいる国」だったな、と。「ミッチー・ブーム」も「慰霊の旅」も、皇室を中心にまわっていた。
取材相手では難攻不落とされた人が証言している。徹底した口の堅さで、「御学友」の中で最も信頼されていた故松尾文夫が著者の取材には答えている。平成期の宮内庁幹部の多数からも、実名匿名で重要な証言を得、「筆者取材」と注に明記される。
天皇(現上皇)と皇太子(現天皇)夫妻との間に深い溝ができた原因には、天皇の一言があった。その匿名証言。「愛子さまが生まれたあと、天皇陛下は雅子さまに『次は男の子をお願いします』と言われた。陛下に悪気はないんだ。正直でストレートな方だから。でも妃殿下には重くのしかかってしまった」
天皇は戦後70年に、「満州事変に始まるこの戦争の歴史」を学ぶ必要を説いた。この言葉が天皇の歴史観の反映であることを、著者は宮内庁参与の証言で跡づける。「歴史を書く人たち、メディアは満州事変にもっと注目すべきだ」と話した、と。
天皇の歴史観で一番びっくりするのは、明治天皇に対する評価の厳しさで、反対に孝明天皇を高く評価した。この独自過ぎる歴史観に危うさはないか。柔和な天皇の奥にある自信と頑固さは、その能動的天皇観から発しているのか。そんな重い問いもが浮かんでくる傑作伝記だ。
(岩波書店・(上)(中)各3520円、(下)3960円)
ジャーナリスト。1961年生まれ。全国紙記者時代に皇室などを担当。
◆もう1冊
『「萬世一系」の研究 「皇室典範的なるもの」への視座』(上)(下)奥平康弘著(岩波現代文庫)