「美術館に求めるものは何なのか?」東京都美術館館長が推薦 「モナ・リザ」の修復プロジェクトを描いたアート小説の読みどころ

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モナ・リザのニスを剥ぐ

『モナ・リザのニスを剥ぐ』

著者
ポール・サン・ブリス [著]/吉田 洋之 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901981
発売日
2024/12/18
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

美術館に何を求めるのか? この命題の切実さ

[レビュアー] 高橋明也(東京都美術館館長)

 美術業界をテーマに描いた小説『モナ・リザのニスを剥ぐ』(新潮社)が刊行された。

 オランジュ文学賞やムーリス文学賞をはじめ、20を超える文学賞を受け、大きな注目を集めた本作は、ルーヴルの至宝「モナ・リザ」の修復プロジェクトを描いた一作だ。

 国家をも巻き込む大騒動の末、姿を現したモナ・リザの本来の顔とは?

 視覚情報に溢れたSNS時代に、美とは何か、本物とは何かを問いかけるアート小説について、東京都美術館館長の高橋明也さんが読みどころを綴った書評を紹介する。

高橋明也・評「美術館に何を求めるのか? この命題の切実さ」

 我々が美術館(≒博物館)に求めるものは何なのか?

 2023年にフランスで出版され、話題となったこの小説に目を通して、根本的なこの疑問がムクムクと頭をもたげてきた。私も数十年にわたって造形芸術を扱う仕事に関わっているので、この命題から真実解き放たれることは未だなく、むしろ益々切実になっている。現在私は七十一歳だが、少年期よりずっとこのことが頭の隅にあると言っても過言ではない。

 私事で恐縮だが、ここで一言説明しておきたい。というのは、最近は公の場でこの話もしているので知る人は知っているが、私と美術館の関係はかなり長い。1965年、十二歳の時に父の仕事の関係で渡仏し、パリに一年滞在して帰国したが、往復の八十日あまりはフランス郵船の定期航路だった。その往路、紅海を抜けてスエズ運河を渡る間にカイロの「エジプト博物館」を訪れ、いわゆる「ツタンカーメンの秘宝」の数々に接し、最初の本格的「ミュージアム体験」をした。

 そして、まだ日本人学校も無かったパリに暮らす間、「毎日が日曜日」の夢の生活。フランス語もできない子供の目に日々映るものは、それまで見たこともない、美しく華やかで時に壮大な造形の数々だった。ルーヴル美術館はその筆頭。言わずと知れた世界的な観光名所で、フランス大革命後の美術館界では文字通り指標の存在だ。しかし、私の在仏当時は年間一〇〇万人にも届かない程度の入場者数で、アッシリアやバビロニアなどの古代オリエントの部屋などはいつも閑散とし、週一回の無料観覧日には必ず行ってウロウロする東洋人の子供(たぶん、ヴェトナム人と思われていた)は、監視のオジサンたちにもすっかり顔を覚えられた。

 そんな中、《ミロのヴィーナス》と並んで本書のテーマ《モナ・リザ(ラ・ジョコンド)》は昔も今も別格の存在。長い間、ドゥノン翼二階の長大なグランド・ギャルリーの端、こぢんまりとした「サロン・カレ」に掛けられていたが、丁度1966年から大きな「諸国家の間(サル・デ・ゼタ)」に移された。レオナルドのこの作品の前には常に人垣ができるが、それでも現在のように、隣のグランド・ギャルリーまで何百名もの人が列を成して溢れるなどということはまずなかった。昨今は来館者数がなんと九〇〇万人から一〇〇〇万人に達する状況で、世界的に問題となっているオーヴァーツーリズムの直撃を食らっている。

 さて、五十を超える小さな章がリズミカルに連続し、私の良く知る館員も仮名・実名(ラクロット、ローザンベール両館長など)で登場するこの物語は、フランスの威信を賭けた国家的プロジェクトの「《モナ・リザ》修復」を巡って展開する。その中心はマーケティングに長けた女性新館長ダフネ(オルセー美術館でかつて私の同僚だった現館長ローランス・デ・カールがモデル?)、イタリア・ルネサンス美術の専門家で、館の花形・絵画部門長だが、「記憶の番人」、「瞑想の神殿」としての美術館を愛する古典的タイプのオレリアン。そしていとも官能的にレオナルド作品と接するフィレンツェの修復家カザーニ。さらに古代彫刻と直感的に交流する家庭的に恵まれない移民の子オメロたちが、恋愛やセックス事情などもしっかりと付帯しつつ絡んでいく。

 精細な作品画像データを公開した故に逆に観覧者を遠ざけてしまった例や、SNSを使った広報の成否に翻弄される近年の美術館の苦闘が垣間見える会話などは、作者たるポール・サン・ブリスの鮮やかな美術館の現況レポートとなっている。すでに世界中の美術館が、近代に確立した文化・芸術の保存・継承・公開といった美術館本来の基礎的かつ高踏的な役割を変革せねばならない時代に入ってしまったのだ。誰が一体美術館を必要としているのか? 作品保全を越えて、一般の人たちの生活に美術館はどう関わっていくのか? デジタル技術やAIの急速な進化と共にこうした疑問への回答は否応なしだ。他方で、美術館が社会変革の最前線に立たせられるのがフランスの特殊事情だろう。本書でも大臣やマクロンを彷彿とさせる大統領が、修復プロジェクトに介入し、ジャーナリズムも様々な形で触手を伸ばす。日本のように「文化」が無視されたとしても殆ど話題にならない国とは違い、政治的、経済的にも人々の関心が集中するのだ。

 周回遅れで規模は比較にならないが、我が国の美術館も同様の局面に立たされつつある。エンタメ的要素も十分含みながらもこの本、少しでもそういった現場に関心のある方には本当にお薦めだ。専門書を見渡しても類書はほぼ皆無。訳者の吉田洋之氏の要を得たあとがきも興味深い。

新潮社 波
2025年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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