『罪名、一万年愛す』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『隣人のうたはうるさくて、ときどきやさしい』
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[本の森 恋愛・青春]吉田修一『罪名、一万年愛す』/白尾悠『隣人のうたはうるさくて、ときどきやさしい』
[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)
吉田修一氏『罪名、一万年愛す』(角川書店)の舞台は、長崎にある小さな島だ。一代で財をなした老人が所有し、余生を過ごしているその島に、客人が集まってくる。息子夫婦、二人の孫、定年退職した元警部、そして横浜に事務所を構える探偵……と来れば、事件が起こるに違いないと誰もが思うだろう。もちろんそこは期待通りなのだが、それだけではない。この小説は、謎が謎を呼ぶミステリであると同時に、壮大で純粋な愛の物語なのだ。
探偵・遠刈田蘭平の事務所に梅田豊大と名乗る青年が訪れる。有名デパートの創業者である祖父・壮吾が、夜な夜な「一万年愛す」という名の宝石を探しているのだという。本当に祖父が所有しているのかは不明だが、莫大な価値があるらしいその宝石を探してほしいと豊大はいう。遠刈田は依頼を受け、梅田翁が住む島で開かれるパーティーに参加することになる。
豪華な晩餐会の後、事件は起こる。謎めいた遺言書を残して、壮吾が姿を消すのだ。島に台風が近づく中で、客と使用人たちは情報と知恵を出し合って壮吾を探す。
謎解きゲームのようなメッセージ、残された三本の古い映画DVD、何かを隠しているような梅田家の面々、45年前に壮吾が取り調べを受けたという「多摩ニュータウン主婦失踪事件」の真相……。謎は少しずつ解けていき、戦後日本が豊かになっていく中で、いなかったように扱われた人々の苦しみを、遠刈田は知る。そして、忘れることのできない思いを抱き続けてきた人物の秘密が明らかになる。「一万年愛す」とは、どのような罪なのか。想像を超えた愛の貫き方に驚愕しつつ、心を揺さぶられた。
白尾悠氏『隣人のうたはうるさくて、ときどきやさしい』(双葉社)の舞台は、コミュニティ型マンション「ココ・アパートメント」である。一見普通の集合住宅のようだが、住民共用の巨大なダイニングなどがある。「コハン」と呼ばれる共同食事会が定期的に行われていて、住民が交代で調理を担当する。さまざまな世代や家族構成の人々が、他の住民たちとの関わりの中で大切なものを見つける姿が描かれていく。
第一章の主人公・賢斗は、父親の海外転勤のため一人で引っ越してきた名門高校の生徒だ。水回りをシェアする隣人の菅野さんは、田舎のおばあさん然とした風貌の女性である。プライドが高く、家事などできなくてもよいと思っていた賢斗だが「暮らし名人」の菅野さんから教わる生活の知恵や、コハンの手伝いを通して変わっていく。最終章では、菅野さんの波瀾万丈な過去が描かれる。厳しく閉鎖的な環境の中から脱出し、愛に生きた人生に、胸が熱くなった。
誰かに助けを求めることを恐れず、一歩を踏み出した先には、思いがけない未来が待っているのかもしれない。そんなことを考えさせられる小説である。