『ロベスピエール 民主主義を信じた「独裁者」』髙山裕二著

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ロベスピエール

『ロベスピエール』

著者
髙山 裕二 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784106039157
発売日
2024/11/20
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ロベスピエール 民主主義を信じた「独裁者」』髙山裕二著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

ポピュリストと異なる哲学

 マクシミリアン・ロベスピエール。フランス大革命において、革命政権による恐怖政治を推進した「独裁者」として、悪名の高い存在である。民衆の熱狂に支えられながら、強大な権力をふるう政治家という点では、ポピュリズムと呼ばれる昨今の風潮を思わせるかもしれない。

 だがこの本で髙山裕二は、ロベスピエールの行動が示す危うさを認めつつも、重要な違いを指摘する。何よりもこの人物自身が、「抑圧された人びと」を守ろうとめざす法律家として人生を出発させ、みずから「美徳」を実践する「清廉の人」として知られていた。理想としてこだわり続けたのも、人民の一般意思に基づいた「一体性」。自身の利益を露骨に主張し、社会の分断を利用するポピュリストとは、大きく異なっている。

 そこには、革命の渦中で読み直したジャン=ジャック・ルソーの著作から示唆をえた、独自の政治哲学があった。人民に自分たちの一般意思の内容を指し示す「立法者」が、国家の始まりには必要だとルソーは説いたが、ロベスピエールは、人民の代表者すなわち議員たちが、この「立法者」の役割を兼任すべきだと考える。そして代表者は高い「美徳」を身につけ、人民との「透明な関係性」を築けるよう努力するべきだと説いた。

 しかし、旧体制の支配層に対する一般庶民の怨念が吹き荒れ、外国からの侵略と革命党派の分裂に悩む状況では、透明性の追求も、汚れた陰謀工作に対するきびしい警戒に転化する。みずから権力の中枢に座した「清廉の人」は、「恐怖」を駆使して裏切り者を粛清する方向へと舵(かじ)を切ったのである。

 それでもロベスピエールは、代表者が一般意思からはずれた行動をとった場合、人民自身が直接に意思を表明する権利は否定しなかった。髙山はここに重要な洞察を見いだしている。気まぐれな世論の変化にとまどいながら、本当の民意のありかを慎重に探り、その発掘に努めること。そうした穏やかな「美徳」がデモクラシーを生きたものにする可能性を、「清廉の人」の生涯は教えてくれる。(新潮選書、1925円)

読売新聞
2025年1月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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