『遠野物語』漫画・鯨庭/原作・柳田国男
[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)
「遠野物語」の漫画版である。原作者の柳田国男は、日本の民俗学の開拓者であり、閉ざされた村や集落に特有の風俗、生活、伝承を実地調査して、日本人とは何かを探ろうとした。
遠野物語には奇怪な話が満ち溢(あふ)れており、山の神、里の神、家の神、山男、雪女、河(かっ)童(ぱ)、猿や犬の妖怪が登場する。ザシキワラシ(座敷童子)の話などが有名である。栄える家には幼い顔をした家の神が居つき、そして家の没落を察知すると居なくなる。
本書は遠野物語に収められている119話から四つの話を取り上げている。人と馬が添い遂げて神になったり、河童が夜這(よば)いをして人の子を宿したり、狐(きつね)が人に変身したりする。人と狼(おおかみ)が暗黙のルールをつくって棲(す)み分ける話もある。共通しているのは、動物や妖怪と人間の区別があいまいなことである。
科学的合理性という“縛り”がなかった時代、人は何を考え、何を信じ、どのように生きたのだろうか。そこに生きた人々の足跡のなかに日本人の理性や感性の原形があると柳田は思いを託したに違いない。石井正己監修・解説。(KADOKAWA、1320円)