『魂の教育 よい本は時を超えて人を動かす』
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『魂の教育 よい本は時を超えて人を動かす』森本あんり著
[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)
なぜ神学者に 問う魅力
最終章まで読み通してほしい。最後に魂を撃ち抜かれるはずだから。というか、正直に打ち明けると、私は泣いてしまった。不意を突かれ、言葉を失い、激しく揺さぶられた。静かな装丁からは予想もしていなかった読書体験だった。
本書は神学者森本あんりの自伝である。正確には、生涯のときどきに読んできた書物を紹介することで、人生航路を描いた本だ。ときに書かれる碩学(せきがく)の自己形成物語のように思われるかもしれない。そういう側面もある。
描かれている神学者の生活は知らない世界を覗(のぞ)き見しているようで面白い。噛(か)み砕いて語られるアリストテレスや、ファーブル、マルクス、そして20世紀の神学者たちの名著は魂の教育を再体験させてくれる。私もいくつか買ってしまった。
しかし、この本の真の魅力は次の問いにある。なぜ日本で、現代で、信仰の道を選んだのか。いや、神を信じるだけではなく、神をめぐって考えること、神について語ることを職業としたのか。そこには「森本」という姓と、「あんり」という不思議な名の秘密がある。名前に秘密が宿るくらいには、この神学者の過去には影がある。
幼少期の暗い生活と地下鉄の線路を彷徨(ほうこう)する(比喩ではない)青年時代。暗闇に覆われた著者の心に、良き本たちが光をもたらしていく。魂の教育がなされ、立派な神学者になっていく。しかし、本当のところ、魂の教育をほどこしたのは誰だったのか。もう一度読者に頼みたい。最後まで読み通してほしい。きっと魂を撃ち抜かれるはずだから。
「救済とは、人が自分の人生を一つの物語として首尾よく解釈できるようになることである」
本書の終わりに記されるこの一文が本質だ。信仰とは何か、神は何をなすのかという巨大な問いは、人生という小さき営みの不思議な巡り合わせによって答えるしかないのである。(岩波書店、3190円)