『銀の海 金の大地 1』
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氷室冴子『銀の海 金の大地 1』を嵯峨景子さんが読む
[レビュアー] 嵯峨景子(書評家)
禍々(まがまが)しく魅惑的な古代ファンタジー
『なんて素敵にジャパネスク』などで知られる氷室冴子が、90年代に手がけた伝説の古代ファンタジーが今、装いも新たによみがえる。
淡海(おうみ)の息長(おきなが)族の邑(ムラ)で暮らす真秀(まほ)は14歳。病気で寝たきりの母・御影(みかげ)と、目も耳も使えないが、霊力で真秀とだけは会話ができる兄・真澄(ますみ)の世話を一人で抱え、奴婢(ぬひ)よりはマシという暮らしをおくっている。邑に住むことを許されてはいるものの、息長族にとって母子はヨソ者であり、真秀は頼る者のいない孤独感と、大切な家族を守れるのは自分だけという心細さと闘いながら、必死に生きていた。
ある日、真秀は御影が大和(やまと)に古くから住む一族・佐保(さほ)の出身であることを知る。佐保ならば自分たちを同族と認め、受け入れてくれるのではないか。そんな真秀の期待は、残酷なまでに打ち砕かれることになった。特異な霊力を持ち同族しか愛さない閉鎖的な佐保は、大和の大豪族である和邇(わに)の首長・日子坐(ひこいます)と通じ、子を産んだ御影を追放したのである。佐保からも憎まれていると知り絶望した真秀を、次々と試練が襲う。やがて彼女は佐保の王子・佐保彦と出会い、二人の運命は大きく動き出すのであった。
本作は「コバルト文庫で刊行されていた少女小説」や、「コミカルな作風を得意とする氷室冴子」という先入観を持つ人にこそ読んでほしい作品だ。『古事記』をモチーフにした物語は、骨太な歴史小説としての一面を持ち、真秀の過酷な運命や宿命の恋とともに、和邇の日子坐や真秀の異母兄である美知主(みちのうし)など、大和の豪族らが抱く野心と、政治の道具として翻弄される女性たちの悲哀を交錯させながら進む。また、古代の人々の暮らしぶりに関する描写が非常に細やかで、作品の世界観に力強いリアリティをもたらしている。
幾世代にもわたる愛と憎しみの連鎖の中で、真秀はその体一つを武器に、愛する人々のため傷だらけになりながら闘う。己の心を決して他人に支配させない強さと、何があっても生き延びようとする強烈な意志は、時を超えて読者の心を撃ち抜くだろう。氷室冴子が手加減なしで挑んだ、超弩級のエンターテインメント小説。今こそ多くの人に届いてほしい、禍々しくも魅惑的な物語である。
嵯峨景子
さが・けいこ●書評家