『月下の黒龍 浮雲心霊奇譚』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
神永 学『月下(げっか)の黒龍(こくりゅう) 浮雲心霊奇譚』(集英社文庫)を三木大雲さんが読む
[レビュアー] 三木大雲(怪談和尚)
人間の心の機微を繊細に描く、ホラー&ミステリーの傑作
時は幕末。何かから逃げるように山道を走る遼太郎という青年。逃げている最中に見知らぬ女性が山賊に襲われそうになっている。見ぬふりをして去ってしまう事もできたのですが、その時の遼太郎の心の動きがこう書かれています。
「臆病な思いに反して(中略)声をかけていた」
恐れと正義が葛藤する中、青年は声を掛けたのです。
無事に女性を助け、自分も一目散に逃げ出しました。山賊を撤(ま)けたであろうと安堵したその時、視界に女性のものらしき長い髪を見つけます。
先ほど助けた女性かと思いよく見てみると、胴体のない女性の首だけが宙に浮いていたのです。
またしても逃げ出す事となった遼太郎の前に、二人の男が現れます。
それが、本シリーズの主人公である浮雲(うきくも)と相棒の土方歳三です。
二人に助けられた遼太郎は、この後、殺人事件に巻き込まれて真犯人を探さなければならなくなります。
正に、ホラーとミステリーの融合した作品です。
浮雲と土方歳三が、遼太郎を手助けするのは何も親切だからという理由だけではありません。身なりの良い青年だけに、助けた見返りを期待する気持ちもあります。かと言って、見返りが欲しいというだけ神永 学でもありません。
本書には、人間の心の機微も非常に面白く書かれております。それはまるで月の下で朧(おぼろ)げに見え隠れする人間心理のように感じます。そして遼太郎の正体には、皆さんも驚かれる事と思います。
幽霊や黒龍など、登場人物全ての行動には、そうするだけの理由があります。その理由には、日本人の持つ思想や文化、風習が描かれています。
現代の日本には、海外からの文化思想が多く入って来ていますが、そんな時代だからこそ、是非若い方々にも読んで頂きたいシリーズです。
そして本書を読んで感じたもう一つは、とても文章が読み易いという事です。活字離れが進んでいると言われる昨今、読書が苦手だという方にも、手に取って欲しいと思います。
三木大雲
みき・だいうん●怪談和尚