『青嵐の旅人』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『青嵐の旅人』
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<書評>『青嵐(せいらん)の旅人 (上)それぞれの動乱 (下)うつろう朝敵』天童荒太 著
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
◆動乱を一途に生きる若者群像
一人の生真面目な作家が歴史と向き合うとどうなるか。その答えがここにある。
時は風雲渦巻く動乱の幕末文久2(1862)年、舞台は四国伊予松山藩。
歴代の天皇や藩主も愛(め)でた霊泉・道後温泉のおへんろ宿「さぎのや」の娘・ヒスイと弟の救吉──この2人が過酷な運命の下、正しき人に育てられ善き人々と出会うことで、人として成長していく物語。
導入部で、まず坂本龍馬をヒスイが助けるところから歯車が動き出す。歴史が動いた瞬間だ。この出会いが、多くの人に影響を与え、動乱の気配を藩にも知らせる事になる。
困っている人を助けたいという一途(いちず)な思いを天命とする弟救吉は、若年ながら医の道に秀で、「師は至る所にいる」と教えられている彼は、愚直なまでに精進する。
龍馬をして「けなげで、強く、美しい」娘と言わしめたヒスイは、何よりも戦(いくさ)を厭(いと)う。それは人の当たり前の日常が、何よりも大事で、何にも代え難いものだとわかっているからだ。しかし時の流れは、この温暖な地も容赦なく巻き込み、戦に医務方として救吉が加わる事となる。
矢も楯(たて)もたまらず、ヒスイは──そのドラマチックな展開に目を見張りながらも、著者の、登場人物一人一人の心に寄り添い、丹念に描く手法に舌を巻く。
時代小説とは、ただちょんまげをして刀を差していればいいというものではない。その時代の拘束下での考え方を基に、それをも越え、現代との二重写しにして、主人公がどう行動するかが問われるのである。だからそれを越えた者たちは魅力的なのだ。坂本龍馬に、ヒスイ、救吉。のちに2人の窮地を救う若い藩士の青海辰之進と共に、多くの英傑たちと出会い、そこから多くを学び、激動の時代を己の考えで歩んでいく。
大政奉還となり、舞台は江戸へ。さらに2人は進む。辛(つら)く険しい道を。人を助ける、それが天命と。ヒスイと辰之進との関係は果たして。力強く生きる希望を与えてくれるラストだった。
(毎日新聞出版・各2090円)
1960年生まれ。『悼む人』で直木賞。他に『家族狩り』『歓喜の仔』など。
◆もう1冊
『号外! 幕末かわら版』土橋章宏著(ハルキ文庫)