よく知られた童話は寓話にあらず 抽象性が際立つ表題作

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

天国ではなく、どこかよそで

『天国ではなく、どこかよそで』

著者
レベッカ・ブラウン [著]/柴田元幸 [訳]
出版社
twililight
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784991285189
発売日
2024/11/07
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

よく知られた童話は寓話にあらず 抽象性が際立つ表題作

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 十七の短篇には「ヘンゼルとグレーテル」「ハンプティ・ダンプティ」「ゼペット」など童話として知られるものも混じっている。著者の視点で語り直された寓話か?と思って読み進むと、どうも違うようだ。

「狼と叫んだ女の子」は「狼少年」を下敷きにしているが、語り手は少女で、狼に齧られるも生き延びる。もうひとり少年が登場し、その子が同じ目に遭ったとき、少女は狼を追い払うのを手伝った。少年は齧られた場所に義手を付け、少女は義手はなく、そこから手が再生して奇妙な形になっている。同じ経験が別の結果をもたらし、互いに孤独のなかにいる。

 ふたりは相手に他者を感じているが、実は他者は自分のなかにもいて、「誰かほかに」はそれについて語っている。言葉が切り詰められ、詩のような文章だ。自分のなかに隠しておこうとすると表に出てきて、人に話そうとすると隠れてしまう「誰か」がいて、いくらやっても追い払えないし、もし追い払えたとしても、喪失感を伴わないのかと「私」は自問する。一見、バラバラのように見えるお話が、「他者」という語を介すと繋がってくるのがおもしろい。

 表題作も抽象性が際立っている。「私」は「彼女」が持っていたものを奪い、ゴミ溜めみたいなところに置き去りにして、「彼女」が痩せて骸骨のようになってから訪ねる。「来てくれてありがとう」と「彼女」は感謝するが、「私」は「彼女」がもう死んだものと思っていたのだ。最後はこう結ばれる。「(彼女の死)こそ私がずっと望んでいたことなのか、彼女がいなければ楽になるというのか」。

「他者」が存在していないかのように振る舞ったとしても、消えてはなくならない。しかも、その「他者」は自分の中で拡大していくように感じられるところが怖い。 

 著者は寓話のように物事を俯瞰せず、微視的で切実さに満ちた語り方を選ぶ。自分を欺くことをなによりも恐れる人なのだ。

新潮社 週刊新潮
2025年1月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク