『朗読者』
- 著者
- ベルンハルト・シュリンク [著]
- 出版社
- 新潮社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784102007112
- 発売日
- 2003/05/28
- 価格
- 693円(税込)
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朗読をせがむ年上の美しき女性 被告人席に着く彼女の過去とは
[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
「あの映画 この原作」 吉川美代子・評『朗読者』
この小説を初めて読んだ時、私は号泣した。哀切という言葉では言い表せないほどの痛ましい愛の物語に再読でも涙した。
戦後しばらくしてからのドイツの都市。市電の車掌をしている36歳の美しい女性ハンナは、学校帰りに気分が悪くなって吐いてしまった15歳のミヒャエルを介抱する。こうして出会った21歳も年の離れた二人はハンナの部屋で逢引きを重ねるようになるが、彼女はベッドに入る前に毎回ミヒャエルに本の朗読を頼むのだった。彼が読み聞かせるのは『戦争と平和』などの名作名著。だが、ハンナは突如姿を消す。大学生となったミヒャエルは、ゼミの活動として傍聴した強制収容所の元看守たちの裁判でハンナと再会する。彼女は被告人席に座っていた。傍聴に通い続けたミヒャエルは、弁護士も知らない彼女の秘密に気付く。なぜ彼女は朗読をせがんだのか……。
映画化作品の邦題は『愛を読むひと』。誰にも知られたくない秘密と過去を背負い、常に神経を張り詰めて生きてきたハンナ役はケイト・ウィンスレット。ミヒャエルを「坊や」と呼ぶ時の優しい笑顔。だが不安と怯えが時折表情をかすめる。無期懲役刑で囚人となってからの弱々しく生気のない姿は痛々しい。この難しい役を大袈裟にならずに淡々と演じたウィンスレットはアカデミー賞をはじめ多くの女優賞を獲得した。ミヒャエルは映画では英語読みのマイケルとなり、当時18歳のドイツ人俳優ダフィット・クロスが演じた(中年以降はレイフ・ファインズ)。初体験のおどおどした様子や愛する喜びと背伸びして大人ぶる表情が母性本能をくすぐる。
彼女が服役して8年後、ミヒャエルは朗読の録音テープを送り始め、それから10年経って初めて刑務所で面会する。「大きくなったわね、坊や」。深い皺が刻まれたハンナの顔は喜びに輝くが、彼は大好きだった彼女の体臭が「老人の匂い」に変わっていたことに戸惑う。何気ない描写だが、切なくて悲しくて残酷な現実。
彼を朗読者たらしめた彼女の秘密を知った時、あなたは何を思うだろうか。愛、尊厳、人生、そしてホロコースト。必読の名作です。