『かりそめの星巡り』石沢麻依著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

かりそめの星巡り

『かりそめの星巡り』

著者
石沢 麻依 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784065375099
発売日
2024/11/28
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『かりそめの星巡り』石沢麻依著

[レビュアー] 大森静佳(歌人)

 ドイツ在住の小説家による初エッセイ集。芥川賞を受賞した『貝に続く場所にて』は東日本大震災で行方不明になったはずの友人がドイツに住む「私」を訪ねてくる物語だった。「記憶」への内省の深さはエッセイでも一貫している。クリスマス市、鍛冶屋、古いプラネタリウムなど旧東ドイツの街を描いた一篇(ぺん)一篇はまるで誰かの夢の路地裏を覗(のぞ)いているかのよう。随所に古今東西の小説や絵画の話題、またウクライナやパレスチナをめぐるドイツの人々の反応も垣間見える。

 何といっても精(せい)緻(ち)で彫りの深い文章に魅了される。幼い頃の夕闇の青さは「皮膚に染み入る色彩」、旧市街の街並みは「淡い色合いがパン種のように膨らみつつあった」。目に見えない気配や記憶が繊細な体感や色彩感覚を経由してこちらの手の中にふっくらと届く。

 ドイツの風景に、著者は「多重露光」のように故郷仙台の記憶の風景を重ねあわせる。記憶は自分の内側に溜(た)まっていくものと考えがちだが、じつは自分の外側、風景の側に宿っているのかもしれない。低音の祈りに満ちた緻(ち)密(みつ)な風景描写からは、そんな思いも湧いてくる。(講談社、2200円)

読売新聞
2025年1月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク