『神仏融合史の研究』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『神仏融合史の研究』吉田一彦著
[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)
「日本独自」の通念相対化
日本の神々と仏(ほとけ)を表裏一体と見なす「神仏習合」は伝統的な宗教文化を語る上で欠かせない特徴とされ、「日本独自」という見方が根強い。しかし、本書の著者は「日本の神仏融合は、中国の神仏融合思想の受容から開始された」と明言し、この主張は本書を貫く軸となる。著者の狙いはアジア仏教圏全体に見られる在来神と仏の「融合現象」に着目することで、日本の「神仏習合」を相対化し、その概念の形成も含めた歴史的変遷を追うことにある。共通性を意識し、その上での差異を見つめることで、日本の宗教文化が東アジアやインドを含む広域ネットワークの中で多要素を吸収しながら発展したと明らかにされる。中国経由ではあるものの、インド密教の再解釈的な融合も日本で誕生している。密教自体が南・西アジアの神々や呪文、儀礼を取り込んで生成したもので、日本伝来後はその在来信仰とも絡み合いながら発展していった。昔話に出てくる「鬼」や「鬼神」もまた、このような海外の混(こん)淆(こう)した宗教の影響を色濃く受けている。
「習合」という言葉自体は吉田神道の開祖・吉田兼(かね)倶(とも)が用い始めたものである上に(それまでにも用例はあるが意味が異なる)、歴史的な用語というよりも明治以降のアカデミアでその時代の思想の影響を受けながら固定化されていった概念であるという。とりわけ戦前の著名な仏教史家辻善之助が作り上げた枠組みが最近まで支配的であった。つまり「神仏習合」には自明の定義があるわけではなく、近代以降に創られた歴史概念の一つなのである。このような視座から、著者は「習合」ではなく「融合」という用語を用いるべきだと提案し、その意図は本書のタイトルにも反映される。
近年の歴史学の傾向として、先行研究を精読して既成の枠組みの転換を試みるものは稀(まれ)で、他者の研究に僅(わず)かな補足を加えるに過ぎないものが多い中で、著者は先行研究のパラダイム転換を迫る。考察対象の地理的範囲の壮大さにとどまらず、この課題の前に広がる無限のフロンティアを感じさせる一冊である。(名古屋大学出版会、6930円)