『画家たちの「肖像」 ジョン・バージャーの美術史 近代―現代』
- 著者
- ジョン・バージャー [著]/トム・オヴァートン [編集]/藤村 奈緒美 [訳]
- 出版社
- 草思社
- ジャンル
- 芸術・生活/絵画・彫刻
- ISBN
- 9784794227485
- 発売日
- 2024/12/02
- 価格
- 4,070円(税込)
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『画家たちの「肖像」 ジョン・バージャーの美術史<近代―現代>』ジョン・バージャー著/トム・オヴァートン編
[レビュアー] 金沢百枝(美術史家・多摩美術大教授)
辛辣、爽快の美術家列伝
優れた批評家の文章を読む快楽は、断定に次ぐ断定に、身をゆだねることなのかも知れない。画家に対する賞賛や攻撃は、アクション映画並みに爽快だ。画家の本質に迫るその文章は、円月殺法さながらな刀捌(さば)きで小気味よく、蚤(のみ)の心臓をもつ評者にはとても真(ま)似(ね)できない過激な言葉が並ぶ。例えば、晩年のピカソが女性とのセックス・シーンを多く描いたのは、老いた画家の性機能不全ゆえと単純化しすぎている節もあるが、「ベーコンは非常に注目すべき画家だが重要ではない」「ベーコンと比較すべきはウォルト・ディズニーだ」など挑発的な評もある。あるいは、「ロスコの絵画は(中略)目に見える世界の創造を待ち受けている色または光を扱っているのだ」と絶賛している。
「画家たちの肖像」と謳(うた)う本書だが、肖像画の歴史ではない。サブタイトルにある通り、辛(しん)辣(らつ)な美術批評で知られる英国の文筆家ジョン・バージャーがその最晩年に初挑戦した美術の通史である。ラスコーの壁画から現代美術まで、壮大な美術の歴史を作家論として綴(つづ)った本の邦訳で、本書は後編にあたる。つまり、西洋美術史の始まりとされるルネサンス期の画家ジョルジョ・ヴァザーリが記した『美術家列伝』が、ルネサンス芸術の最高峰・ミケランジェロに至る美術の流れを列伝、すなわち画家の肖像として綴ったように、バージャーがここで先祖返りした形式を採用したことが意味深い。これまで、時代様式の変化や美術運動の流れとして語られてきた美術史だが、グローバリゼーションや多様化が進む昨今、西洋のまなざしだけから見る通史が問い直されているからである。ゆきつく先は作家論なのだろうか。
「ガザ、この世界最大の監獄は殺(さつ)戮(りく)の場と化しつつある」と最終章(初出2009年)でガザに言及しているのは偶然とは思えない。パレスチナの女性作家ランダ・ムダーについて「この作品はガザを予言していた」。藤村奈緒美訳。(草思社、4070円)