<書評>『韓国、男子 その困難さの感情史』チェ・テソプ 著
[レビュアー] ひらりさ(文筆家)
◆敗北の記憶 継いだ先に
韓国の大統領・尹錫悦(ユンソンニョル)が逮捕された。混乱の発端となった「戒厳令」発令には大統領だけでなく、国防相など複数の人間が関係したとされる。報道された限り、全員男である。尹錫悦には、大統領選出馬の頃からジェンダー平等や家族政策を担当する国家機関「女性家族部」の廃止を公約に20代男性の人気を得るなど、反フェミニズムで支持層を築いた背景がある。本件から韓国における男性性の問題を連想するのは、飛躍ではないだろう。
ジェンダーの議論はもちろん、現代韓国の社会情勢の背景にある精神性に興味がある人にすすめたい書籍が翻訳された。「韓国」と「男子」の間に打たれた読点が印象深いタイトルは原書を踏襲したものだ。驚くべきことに、2語をつなげて略した「韓男(ハンナム)」は「有害でクソな男性」を揶揄(やゆ)する俗語として、侮辱罪も適用されるほどだという。
一般的な言葉が、なぜそこまでの侮辱語になってしまったのか。裏側には、激烈なミソジニー(女性嫌悪)と、女性たちの戦いがある。社会学者で文化評論家の著者は、日本による植民地支配、軍事独裁政権による弾圧、IMF危機と、「勝てなかった」記憶を継いできた男性たちが、ありえたはずの男性性への哀愁から、女性嫌悪を加速させていると分析する。メディアが、“味噌(みそ)女”=男性に寄生する女性の恣意(しい)的なイメージを拡散してきた罪も暴き出す。
平易で、机上の空論めいたところがない本書。韓国人男性であり「誰かを抑圧することなしにひとりの主体として、また、他人と連帯しケアを行う者として生きていけるのか」という問いを抱えた、著者の実感が随所に盛り込まれているからだろう。同時に、私たちにも覚えのある棘(とげ)-生活のいたるところに埋め込まれた女性嫌悪も、こまかに描写される。男児が母親の寝相や着替えを盗撮し、面白ネタとして配信した「ママドッキリ」事件の話には、いたく衝撃を覚えた。女性嫌悪と結びついた世界的なネットカルチャーの状況を理解するうえでも、必読だ。
(小山内園子、すんみ訳、みすず書房・3300円)
1984年生まれ。文化評論家、社会学研究者。本作が初の邦訳書。
◆もう1冊
『男たちの部屋』ファン・ユナ著、森田智惠訳(平凡社)