『透析を止めた日』
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<書評>『透析を止めた日』堀川惠子 著
[レビュアー] 澤井繁男(作家)
◆終末期医療への悔恨と希望
本書は、人工透析という腎代替療法の終末期にある夫をいかに安らかに逝かせうるかを、妻である著者が模索した私的な第1部と、腎不全患者の終末医療に尽力する各地の医師たちを著者が訪ね歩き、期待感を膨らませた第2部で成る。
第1部。のちに夫になる林新(あらた)氏が「多発性嚢胞腎(のうほうじん)」という難病で、実母の腎臓の移植を受けるが、予後、腎臓の機能を示す代表的な数値であるクレアチニンの値が下がりきらない不運がつきまとい、移植腎は9年でダメになる。だが「おしっこが出る」との感慨は体験者にしかわからぬ歓(よろこ)びだろう。やがて肝臓にも嚢胞ができて腹水がたまり、透析自体も困難になるが、著者の献身的な看病が、日記風に綴(つづ)られる。
透析を受けねば死が決定的な患者の苦悶(くもん)、辛い痛みによる呻吟(しんぎん)、抑制を保ちながらも破裂せんばかりの医師への不信感、看護師への感謝、自分の激情。そして著者は、透析続行の確認に来た研修医に「透析はもう止めます」と答える。以後「鎮静(終末期の苦痛緩和のため鎮痛剤を投与し、意識水準を下げる医療)」がとられ、60歳と3カ月で夫は、妻に看取(みと)られ生を閉じるのだが、妻の裡(うち)に種々の疑念が残る。
第2部では、卓越した緩和ケアを実践する医師たちを活写する筆の冴(さ)えの陰に、亡き夫への哀惜と悔恨の情が垣間見られる。そして、治療効果はゆるやかだが患者の身体への負担が小さい腹膜透析に、終末期の腎不全患者の「生活の質」の向上を託す医師たちを紹介する旅が始まる。評者はこれらの医師や看護師たちから多くの金言をうる。「終末期の医療への必須要件は治療設計でなく人生設計だ」「医療の大切さは患者に何が重要かだ」「臓器でなく患者の人生と向き合うこと」「ナッジ(そっと背中を押す。患者に選択の余地を与え、より良い医療へと導く)」等々。
最後に、人生の価値は長さでなく中身だ、との確信を得て、長期に亘(わた)った取材の旅がおわる。緩和ケアを癌(がん)に限定せず、終末期のあらゆる患者に適用することが急務だろう。
(講談社・1980円)
1969年生まれ。ノンフィクション作家。広島大特別招聘(しょうへい)教授。『教誨師(きょうかいし)』。
◆もう1冊
『心体のひびき 外から見えない障がいを受容し生きる』澤井繁男著(インパクト出版会)