『「伝える」極意』
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【毎日書評】アナウンサー草野 仁さんが気づいた、話がうまい人の「3つの共通点」
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『「伝える」極意 思いを言葉にする30の方法』(草野 仁 著、SB新書)の著者である草野仁さんといえば、半世紀以上にわたって第一線で活躍を続けるキャスターとして有名。
ところが学生時時代にNHKの採用試験を受けたときには取材記者志望で、アナウンサーになる気はなかったのだそうです。にもかかわらず、届いた採用通知には「アナウンサーとして採用する」との文字が。
とても無理だと感じたものの、そもそも就職試験を受けたのはNHKだけ。ましてや就職浪人もできなかったため、やむなくアナウンサーの道を歩み始めたというのです。
人間は不思議なものです。入社して2カ月半の研修を受けたら、少しはアナウンサーらしくなりました。
結果として私は57年間、この仕事を続けることができました。
つまり人間は、自分で想像する以上の、驚くほど幅広い適応能力、対応力があるということです。
だから少々つまずいても、慌てることはないのです。(「はじめに」より)
いまは「伝える」ことに自信を持てないという方も少なくないようですが、それでも心配はいらないと断言しているのは、自身にそんな経験があるからこそ。大切なのは、“自分を変えようとする意志”なのだとも述べています。
そこで本書では、ご自身が57年間にわたり「伝える」仕事を通じて培ってきた大切なことを、わかりやすくまとめているわけです。
きょうは第2章「相手の心をつかむ『伝え方』ベスト16」の中から、2つのポイントを抜き出してみたいと思います。
部下へのアドバイスはどういえば伝わる?
Q:反発心の強い部下への注意、どう切り出すべき?
→①時短のためにも、ストレートに本題から入る
→②クッションとなるような雑談をしてから、徐々に本題に移る
(112〜113ページより)
相手に伝える内容は必ずしもいいことばかりではなく、口に出しづらいこともあるもの。とくに最近の若い方は、自分の行動に対して他者からなにかをいわれることへの免疫が、以前にくらべてとても弱いように思えると草野さんは述べています。たしかにそうかもしれません。
しかし、そうであるなら欠かすことができないのは、日ごろからメンバーのことをよく見ておくこと。
普段はどんな様子でいるのか、そんな人間性の持ち主なのか、これまで人に対してどんな対応をしてきたのかなどをよく観察し、相手に合わせた対応をしなければいけないということです。
素直に聞いてくれる相手だと判断したら、形式にこだわらず、
「今日はこのことについて、君の答えを聞きたいのだけれど」という入り方でよいでしょう。
いっぽう、言われたことに何か一言返したい、自分は人とは違うと反発心をのぞかせておきたいタイプには、
「先週は忙しそうだったけれど、もうヤマは越えたみたいだね」など、本題とは離れた柔らかい話題から入って、反応を見ながら本題に近づいていくのがいちばんでしょう。(112〜113ページより)
草野さんも、スポーツアナウンサー時代の上司である、元NHKアナウンサーの羽佐間正雄さんという名アナウンサーから受けた指導が心に残っているといいます。羽佐間さんは「きょうの放送はここがよくなかった」「ここは悪かった」といった、評価や批評のことばを使わなかったのだとか。
終わったことを後から落とすのではなく、
「今日の放送を聞いていたんだけれど、あの部分でこういうふうに言ったらどうだっただろう」とか、
「君がこういう視点をもって臨んでいたことは、方向性としてはとてもいいと思うよ」と、次に目指すべき方向性や目標を常に示してくださっていたのです。(112ページより)
それこそ、上司の理想的な指導だなと感じるそうです。(112ページより)
話がわかりやすい人の「3つの共通点」
Q:話がわかりやすい人の特徴は?
→①大きな声で、賢そうな言葉選びで、抽象的な話ができる
→②声が美しく、平易な言葉遣いで、たとえ話がうまい
(120〜121ページより)
これまで草野さんが出会ってきたアナウンサーやキャスターのなかで、「この人の話はわかりやすいな、よく伝わるな」と感じた方が3人いらっしゃるそうです。
まず一人目は、NHKの先輩である鈴木健二さん。二人目が、草野さんと同じ年の生まれで、TBSの看板アナウンサーとして活躍した久米宏さん。そして三人目が、前述の羽佐間正雄さんだそう。
そして3人の共通点を考えてみた場合、次の三つのことが挙げられるといいます。
まずは、言葉遣いが明瞭で明確であること。声の出し方、発音や発声がとてもよくて、ことがはっきりと聞こえるということです。
次に、たとえ(比喩)の表現がうまいこと。「これはたとえばこういうことです」と、難しいことをかみくだいて話すときの表現が、「まさにその通り」と聞き手を納得させるほどに的確だということ。いうまでもなくそれは、聞き手が理解を深めるためにはとても大切な要件だといえるでしょう。
そして最後は、聞き手を納得させる話の力、話術力があること。つまり、話を聞いた人が、「よくわかった。なるほど、そういうことだったのか」と感じられるような説得力を備えた話の展開ができることです。
どれも基本的なことではありますが、だからこそ忘れてはならないのでしょう。(120ページより)
冒頭に「人間は、自分で想像する以上の、驚くほど幅広い適応能力、対応力がある。だから少々つまずいても慌てることはない」ということばを引用しました。しかし当然のことながらそれは、草野さんのような方にだけあてはまるものではありません。
すべての人が、同等の可能性を秘めているということです。だからこそ、ぜひとも本書のなかから「伝える」ための極意を吸収したいところです。
Source: SB新書