『小説』
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小説好きの少年たちを予測不能の世界へ導く「魔術的読書」とは?
[レビュアー] 西崎憲(作家、翻訳家、音楽家)
こういうタイトルをつけられた本がおざなりに書かれたはずはないので、読むまえから期待は大きかった。そして同時に書き手の勇気に感銘を受けた。これはみずから退路を断つようなやりかたである。膂力に自信がある書き手がやることだろう。
物語は主人公内海集司の幼年時代からはじまる。かれは父親に気に入られたいという理由で大人向けの小説等を読むようになる。そしてそもそも心的条件も読書に向いていたらしく、おそろしく多読の小学生となる。
みんなから離れて本ばかり読んでいる内海集司にもやがて友人ができる。小柄な外崎真である。ふたりは双方にとってただひとりの友人であり、互いが互いの港のような存在になる。
六年生のとき、ふたりは担任の佐藤学から、学校の隣の古い大きな洋館に小説家が住んでいることを聞く。ふたりは塀をよじのぼり、無断で館に忍びこむ。
こうした展開は児童文学的かつ海外小説的である。文体もまた海外小説を思い起こさせる。
館の住人は髭だらけの男で、たしかに小説家で本も出しているらしかったが、ペンネームは教えてくれなかった。この名前が明かされないというモティーフは何度も繰り返される。
ふたりの成長につれ、複雑で魅力的な登場人物が増えていく。館の地下で見かける不思議な少女、数学・物理学の天才である女性小学校教師の寄合則世、後に芥川龍之介の研究に着手する税理士田所家蔵、警視庁警部補洞木鏡介。
背景に流れるのはトールキンの『指輪物語』やアイルランドの神秘主義詩人イェイツへの言及で、内海集司の読書はきわめて広範に及んでいる。それに芥川龍之介や小泉八雲の妻の小泉セツの印象的な記述が絡む。
そして、外崎真に小説を書く才能があると判明したとき、物語は予測不能の謎めいた方向に向かいはじめる。
読了後に感じたのはこの本には『小説』より『読書』というタイトルがふさわしいのでは、ということだった。そしてその読書とはただの読書ではない。魔術的小説ならぬ「魔術的読書」である。本作はおそらく読書というものが魔術的営為なのだと主張している。
筆致にユーモアが含まれるが、単純に明るい作品と言うことはたぶんできない。しかしペシミズムやアイロニーに背を向け、世界に〇をつけたいという希求が見え隠れしているようでもあり、本を置いたあと胸に残ったのは、温かみだった。