『最近』
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世界が注目する中短篇小説の名手 最新作は〈幻の二人称〉に要注目!
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
鴻巣友季子・評『最近』小山田浩子[著]
一時期どんどん厚くなった小説がややスリム化しているのではないか? 昨秋ぐらいから、小川哲、宮内悠介、小川洋子、中島京子、平野啓一郎などの中短篇集が堰を切ったように出版され、鈍器本の代表格ともいえる奥泉光までが、この1月には初の短篇集『虚傳集』を刊行する。
中短篇の元気さはどうも日本だけではない。2024年のブッカー賞で本命を下して栄冠をさらったのはわずか136ページの「オービタル」という中篇小説。全米図書賞のノミネートにも中篇がちらほらみられるし、新設の「ル=グウィン賞」も中長篇部門は2年連続中篇が受賞している。
そうした情況のなか、小山田浩子がアメリカ、イギリスで人気があるのはうなずけるのだ。彼女は一貫して中短篇をものしてきた作家だが、リアリズム小説でありながら、不思議なカイロス的時間(一直線に進むクロノス的でない時間)が流れている。
それは、最新作『最近』でも同様だ。「赤い猫」は、夫が心臓の不調で救急搬送された夜のことを妻の視点で語るのだが、意識の流れはいつも儘ならない。夫の検査を待つ妻はいつのまにか、子ども時代にもどっている。目にしたら死ぬという言い伝えのある赤い猫。現実と記憶と夢の境はどこにあるのだろう?
妻の弟の視点や、はとこの視点で語られる篇も絶妙なのだが、夫のモノローグである「カレーの日」と「ミッキーダンス」がまた得も言われぬ味わいをもつ。内容は、妻の手製のカレーを連日食べて週末もカレー屋に行って帰宅したらまた妻がカレーパンを買っていたというような、些細といえば些細な話。
だれかに話しかけているような「です・ます」調の文体だが、その相手はどこにも見当たらない。幻のあなたという二人称を導入したことで開ける時空間。それはかつて小説が一人称を発達させるために編みだした書簡体小説の構造と似ているのではないだろうか。