『サッカーで、生きていけるか。』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『サッカーで、生きていけるか。 プロへの道筋と現実、ネクストキャリアの考え方』阿部博一/小野ヒデコ著
[レビュアー] 為末大(Deportare Partners代表/元陸上選手)
収入調査 厳しい引退後
タイトル通り、サッカー選手の収入とキャリアを調査している点が貴重だ。ターゲットをプレーヤーに絞っているところも潔い。バブル崩壊以降、様々な国際ランキングが下がる日本だが、スポーツでは躍進が続いている。世界一の野球選手は大谷翔平さんと評価され、サッカーでも世界で活躍する選手が多数いる。
だが、これはアスリートの世界のほんの一部。華やかに見えるJリーグの世界だが、本書によれば、J1での日本人の平均年俸(2023年)は2562万、中央値は2200万、最頻値は460万円となっている。引退平均は32・2歳だが、ピークはもっと手前でJ2、J3とカテゴリーを変え、収入を下げながら競技を続けている。一般企業より随分大きな金額だが、それでもサッカーで得た収入で一生食べていける選手はほとんどいない。つまり、引退後にもう一つのキャリアを築かなければならない。
私自身、それなりに競技人口の多い陸上でプロをやっていた。引退時の不安は2点。お金とアイデンティティーだ。最初はお金の心配だったが、必死で働き最初の3、4年でなんとか家族は養えるぐらいになった。ただ、そこから徐々に心の中が空っぽだと感じるようになった。
スポーツは世間に注目され、あまりに強く光が当たりすぎる。身体を全力で動かし、生の実感がある。その光が去った時、取り残された影は濃くなる。「あの時の輝き」が頭から離れず、何をしていてもどこかに虚(むな)しさがある。2021年東京五輪で、おそらく初めて心の底から同じ競技の選手を応援した。選手たちに輝いてほしい。そんな自分に気付いて、ようやく引退を受け入れられたと理解した。
人生100年、誰もが人生を生き直す時代になった。苦しみを生むのは常に自分の見方だと気が付いた。次なる自分の役割は土壌だ。良い土壌があれば、どんな花になるにせよ次世代の花が咲いてくれるはずだ。(英治出版、2420円)