『DTOPIA(デートピア)』安堂ホセ著

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DTOPIA

『DTOPIA』

著者
安堂 ホセ [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309039282
発売日
2024/11/01
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『DTOPIA(デートピア)』安堂ホセ著

[レビュアー] 大森静佳(歌人)

安易な把握拒む「鵺」小説

 第一七二回芥川賞に決まった本作は、殺気立った鵺(ぬえ)のような小説。饒(じょう)舌(ぜつ)な文体もバイオレンスな設定も本来の私の好みとはちがう。ちがうはずなのにこんなに夢中だ。小説とは何か。欺(ぎ)瞞(まん)でも偽善でもなく世界を批評的に見ることは可能か。自分自身が痛快に揺さぶられる。

 舞台は二〇二四年、フランス領ポリネシアのボラ・ボラ島。「DTOPIA」は十人の男たちが一人の白人女性を奪いあう恋愛リアリティショーである。日本からエントリーした「おまえ」と物語の語り手である「モモ」は幼(おさな)馴(な)染(じみ)。「モモ」は日本人とポリネシア系のミックスだ。中学時代、からだの成長を止めたいと言う「モモ」の片方の睾(こう)丸(がん)を「おまえ」はカッターナイフで摘出した。そこから十年以上を経て二人が「DTOPIA」の収録で再会するまでが、時代のリアリティとともに描かれる。

 ある意味、小説らしくない。第一に、語り手の視点が奇妙に不安定なのだ。語り手「モモ」の一人称視点、視聴者の立場を神の視点に重ねた三人称視点、さらには「おまえ」を主人公とした二人称小説として読める部分もある。

 第二に、文章に余白がない。人種、セクシャリティ、植民地主義、パレスチナ、資本主義、親子関係。壊れたバッティングマシーンのように矢継ぎ早にあらゆる問いを投げてくる。

 現代はテーマやコンセプトをわかりやすい形で「把握」したがるが、把握は消費と紙一重。視点やテーマがさわがしく移り変わる構造によって、この小説は安易な把握を拒む。その拒み方の眼光の鋭さに、とにかく圧倒される。

 『関心領域』や『バービー』など近年高い評価を得た映画を白人による「懺(ざん)悔(げ)ショー」と言い放ち、音楽を倍速再生する若者に時間を支配したい「巨人願望」を見る。そのあたりは小説というより批評の面白さ。さまざまな意味で鵺のような怪作だが、登場人物たちの個別の痛みに寄り添う体温はやはり小説のものだろう。(河出書房新社、1760円)

読売新聞
2025年1月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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