<書評>『カメオ』松永K三蔵(けーさんぞう) 著

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カメオ

『カメオ』

著者
松永K三蔵 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065378267
発売日
2024/12/12
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『カメオ』松永K三蔵(けーさんぞう) 著

[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)

◆日常突き抜け野性取り戻す

 面白くて哀(かな)しい。切実なのだが、吹っ切れている。世の中と真面目に付き合いながら、少しは反抗心も持ち続けている。社会に不満はあるのだが、どこかであきらめてもいる。やるせないけれど、頑張る。いとおしい小説だ。

 昨年、『バリ山行』で芥川賞を受賞した作家のデビュー作。刊行の順番は逆になったが、本になったことを喜びたい。おそらく、多くの読者を楽しませ、励ます作品だろう。

 主人公の「私」は神戸で物流倉庫の施設保全担当をしている。東京本社から突然、新しい倉庫を建設する担当をするようにと指示がくる。東京本社も、神戸の所長も、簡単に言ってきたが、これが大変な仕事だった。隣地にやっかいな男が住んでいたのだ。

 この男がさまざまにクレームをつけてくる。工事のじゃまをする。進行が遅れて、「私」は東京本社から怒られる。このやりとりには多くの人が思い当たるだろう。理不尽。矛盾。無力感。こんちくしょうと思うが、主人公は耐える。

 独身で一人暮らしの彼はけっこう我慢強い。心も優しい。私たちは主人公に同情しながら、笑ってしまう。苦い笑いだが、不思議に温かさがある。わけのわからないものに何とか対応する主人公に確かなものを感じる。

 隣の変な男はいつも犬を連れている。雑種犬のようだが、飼い主に合わせて、やはり奇妙だ。かわいげがない。きちんと面倒をみてもらっていないようだ。しぐさにも品がない。物語は意外な展開が待っている。そこからは一気に小説世界に連れていかれる。

 この小説には通奏低音がある。主人公は自転車で遠乗りすることが趣味なのだ。単独で楽しむこともあるし、チームに加わって銀輪を連ねることもある。彼は日常を突き抜けるように疾走する。その走るリズムが常に響いている。

 自転車で走ることで、苦労の多い会社勤めは相対化される。彼は徐々に野性を取り戻す。走る力をよみがえらせる。人間も犬もつながれて生きているが、それは仮の姿ではないか。そんなことをついつい考えたくなる一冊だった。

(講談社・1650円)

1980年生まれ。昨年、『バリ山行』で芥川賞を受賞した。

◆もう一冊

『バリ山行』松永K三蔵著(講談社)。仕事に悩む会社員が登山道から外れた道を行く話。

中日新聞 東京新聞
2025年2月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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