いわく付きのクレーマーやメチャクチャな料理を出す妻など…難点ある住人が集う長屋を舞台にした時代小説『なんてん長屋 ふたり暮らし』の魅力

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なんてん長屋 ふたり暮らし

『なんてん長屋 ふたり暮らし』

著者
五十嵐佳子 [著]
出版社
祥伝社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784396350963
発売日
2025/01/10
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

いわく付きのクレーマーやメチャクチャな料理を出す妻など…難点ある住人が集う長屋を舞台にした時代小説『なんてん長屋 ふたり暮らし』の魅力

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 現在の文庫書き下ろし時代小説界では、多数の女性作家が活躍している。そのひとりである五十嵐佳子(いがらしけいこ)の『なんてん長屋 ふたり暮らし』は、湯島の長屋を舞台にした人情物語だ。

二十五歳の女性と元勤め先の女主人が主役の“長屋物”

 二十五歳になる“せい”は、本所の菓子屋『俵屋』で女中奉公をしていた。しかし跡取り息子の松太郎が幼馴染の保証人になったことが仇となり、店を閉じてしまったのだ。途方に暮れたせいだが、かつて親兄弟と住んでいた、湯島の丸山長屋に空きがあると知り、渡りに船と移り住んだ。ちなみに丸山長屋の通称は“なんてん長屋”。難を転じるといわれる南天があるからだが、長屋の住人が難点揃いという説もある。
 さらにせいは、湯島天神の門前町にある一膳飯屋『とくとく亭』で働くようになった。まだ仕事に慣れないが、店主の岩太郎とかつの夫婦は人情家であり、居心地は悪くない。そんなせいの元に、『俵屋』の女主だった染が転がり込んでくる。内向的な性格のせいは、複雑な思いを抱えながら染を受け入れる。しかし、染と長屋の住人の関係はあまりよくない。そんなとき、ある騒動が起こるのだった。

現代にも通ずるテーマを滋味深く描く

 本書は全四話で構成されている。冒頭の第一話「甘え下手」では、『とくとく亭』を何度も覗き込んでいた巳之吉という少年に不審を感じた長屋の女衆に引っ張られ、せいも騒動にかかわっていく。巳之吉の家をせいたちが訪ねたあたりからミステリー味が強まり、読者の興味を掻き立てる。状況を動かすための染のアドバイスは、さすが長年にわたり商家の女主をしていたものだと感心。また、悲惨な境遇から救われたものの、心に傷を抱えた巳之吉への、せいの言葉も気持ちがいい。温かな読み味の物語になっているのだ。
 続く第二話「ごねるは損」では、『とくとく亭』で騒ぐクレーマーの対応に、せいが苦慮する。しかもクレーマーは、方々で問題を起こしており、近隣の湯屋が廃業の危機に陥ってしまった。この事態に長屋の住人たちが立ち上がる。現代と通じ合うテーマを扱っているところが読みどころだろう。
 一方で染は、巳之吉や長屋の子供たちの手習いの師匠となる。しだいに長屋に受け入れられていく染を見ていると、せいに迷惑をかけるような性格ではないようだ。だとしたら、なぜ嫁いだ娘のところを飛び出て、せいを頼ったのか。その謎も本書のリーダビリティにつながっている。

内向的なヒロインの心温まる成長物語と絶品料理

 以下、第三話の「酸いも辛いも」では、妻のメチャクチャな料理で激痩せした夫の件に、長屋の住人たちが乗り出す。ラストの第四話「別れの時」では、意外な人物を登場させながら、染とせいの決断が描かれる。さまざまな体験を経て、しだいに前向きな性格になっていくヒロインの姿が楽しい。ひと癖ある長屋の住人たちも愉快であった。
 また、各話は常に『とくとく亭』から始まり、天ぷらをはじめ、美味しそうな料理が次々と登場する。文庫書き下ろし時代小説の人気ジャンルである“料理”の要素を盛り込んでいることも、本書の魅力になっているのだ。

祥伝社
2025年2月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

祥伝社

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