『世界の果てまで行って喰う』
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世界を一周する自転車旅で出会った不味くても心がホンワカする料理たち
[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)
かつて七年半かけて自転車で世界一周した著者は、自転車旅と食との相性のよさを説く。長時間の自転車漕ぎで飢餓に陥ったときに喰う食事は恍惚であり、いつしか走るために喰うのではなく喰うために走る状態となったとか。よくわかる話だ。疲労は最高の調味料。私にとっても世界一の食い物は極地探検のテントで喰らう獲物の肉だ。これを味わえない一般人はいったい何を目的に生きているのか不思議になるほどだ。
世界各地で巡り合った絶品料理を羅列した本かと思ったら、必ずしもそうではなく、不味そうなものも少なくない。アルミ成分で“銀シャリ”になった有毒メシ、世界中でみられる茹ですぎパスタ、魚の腐臭が漂う黒粒まじりの謎のコメ、文字通り残パンまじりの茶殻入り牛乳メシ等々。誰だってこんなものは喰いたくない。でも、アルミ銀シャリはともかく、私たちが閉口するような代物でも、現地の人にとっては美味しく食べられる料理であったりもする。そこが面白いところだ。
世界中どこでも食は生活の中心だ。どの国であれ人々は家族とともに食事をし、大事な時間をすごす。そこに著者のような外部の旅行者があらわれる。人々はその闖入者を笑顔で迎え、お前も一緒に喰えよ、とあたたかく誘ってくれる。食文化がちがう以上、その味は脂汗がにじむほど不味いこともあるが、それでも迎えてくれた人々の笑顔はゆるがない。食そのものより食を提供してくれた人との心温まる出会いに多くの筆が割かれているので、料理が不味くても心がホンワカしてくるのである。
もちろん美味しい料理もたくさん登場するので安心してほしい。中国の蘭州牛肉麺や、ウズベキスタンのトラックドライバーが奢ってくれた串肉料理、パタゴニアで喰った羊肉の肋骨料理は生唾必至。パイナップルの本当の甘さは現地でないとわからないとは知らなかった。読むと旅に出たくなる困った本だ。