ぬるい常識を振り切ったその力技に感心させられる〈発想ぶっ飛び型小説〉!

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  • いつか深い穴に落ちるまで
  • 私のいない高校
  • 犬の心臓・運命の卵

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ぬるい常識を振り切ったその力技に感心させられる〈発想ぶっ飛び型小説〉!

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 日本からブラジルまで直通する穴を掘る計画。そんなトンデモ発想をまんまと1篇の小説に仕立て上げてしまったのが、山野辺太郎のデビュー作『いつか深い穴に落ちるまで』なのである。地球の内部構造なぞ知ったことか。直通した穴を人体が通り抜ける際に起こりうるトラブルなぞ知ったことか。読み手のぬるい常識のすべてを振り切って、物語という土壌を掘って掘って掘りまくる。そしてついに世にも奇妙な、世にも面白おかしき世界を顕現させる。呆れ返りつつも、その力技に感心させられるはずだ。

 発想ぶっ飛び型小説なら青木淳悟も負けてはいない。国際ローゼン学園の2年生のクラスにカナダからの留学生が入ってきて、新年度の行事や修学旅行、テストなどに参加した経緯を、担任の視点から記録したという内容の『私のいない高校』(講談社、電子書籍)。その学園ドラマ風物語のどこがぶっ飛びなのかというと――。

 読み始めてみると視点のブレがもたらす気持ち悪い読み心地に驚くと思うのだけれど、そこじゃないのだぶっ飛びの根拠は。なんとこの小説全体が、ある実在の本にほぼ依っているという反小説ともいうべき構造こそに度肝を抜かれると同時に、三島賞をとったこの作品が文庫化されていないことに呆れ返ってしまうのだ。青木は、常に小説というジャンルを囲っている壁を押し広げようとしている。その点で唯一無二と言える小説家なのである。

 餓死寸前の野良犬コロが、死んだばかりの逮捕歴がある男の脳下垂体と精巣のついた睾丸を移植されるという突飛な設定から始まるのがブルガーコフの「犬の心臓」(増本浩子、ヴァレリー・グレチュコ訳、新潮文庫『犬の心臓・運命の卵』所収)。人間の姿に近くなり、人語を話せるまでになり、元々は気の良い犬だったのに下品な飲んだくれへと変容。二月革命後のソ連社会への風刺があるものの、その精神は犬人間が巻き起こすスラップスティック・コメディの物語の中に溶け込み、まったく教条主義的でも古臭くもない。まずは発想のぶっ飛びさ加減を楽しんでほしい怪作なのだ。

新潮社 週刊新潮
2025年2月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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