『岩合光昭 ニッポン看板猫』
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見向きもされない「普通の猫」を撮り続けた写真家「岩合光昭」
[文] Book Bang編集部
動物写真家の岩合光昭氏
日本を代表する動物写真家で、2度にわたって『ナショナル ジオグラフィック』誌の表紙を飾った岩合光昭氏。
90年代、すでに国内はもとより世界的にも評価される存在だった彼は、極地から熱帯まで世界を股にかけて野生動物を追うかたわら、あるライフワークを商業誌上で発表しはじめる。それが猫の写真だった。
岩合氏は、日本だけでなく海外でも、野生動物と同じくらいの熱量で「普通の猫」を撮り続けてきた。一見どこにでもいる猫の日常に、ライオンやクジラにも劣らぬ生命の輝きやドラマがあることを示したのだ。
こうした岩合氏の写真によって、日本での「普通の猫」に対する認識さえ変化したのだという。約30年前から岩合氏の猫写真に注目してきた辰巳出版の斎藤実氏は、昨年発売された写真集『岩合光昭 ニッポン看板猫』の担当編集者として、岩合氏の「普通の猫」を慈しむ姿勢に接してきた。
ありきたりな猫でありながら、“看板”として大切にされる猫をテーマにした写真集に岩合氏はどんな思いを込めたのか。斎藤氏に話を聞いた。
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見向きもされない「普通の猫」を撮り続けた写真家・岩合光昭
――岩合さんとはいつからのお付き合いなのでしょうか?
仕事でのお付き合いは8年前からです。その20年ほど前、猫と暮らしはじめたのをきっかけに、写真集を見てファンになりました。
当時、「普通の猫」に対する世間の捉え方は“どこにでもいる当たり前の動物”で、猫を家族のように大切にすることも今ほど当たり前ではなかったと思います。ボランティアとして近所の猫のお世話をするのも、外でよく見かけるような猫の写真を撮るのも、物好きのすることのように思われていた時代でした。
ですから、『ナショナル ジオグラフィック』誌の表紙を飾るような野生動物写真の世界的スペシャリストである岩合さんが、純血種でも珍しい品種でもない普通の猫の写真を撮ること自体が事件でした。「凄い」「画期的だ」という声もありました。でも、ほとんどの人は岩合さんが真剣に猫を撮る理由が理解できず、「どうして?」と驚いたのではないでしょうか。
――そんな岩合さんの「普通の猫」の写真が、なぜ人気となったのでしょうか?
2000年代半ば頃から、猫好きの有名人や一般の愛猫家が、ブログで猫自慢を発信するようになりました。この時人気者になった猫には、友達の家で生まれた子を譲ってもらったり、近所で保護されたりした子たちもいました。つまり雑種の普通の猫だったのです。
そこで「どんな猫でもみんなかわいい」ということに多くの人が気付いたのではないでしょうか。こうした流れの中、2012年からNHKでドキュメンタリー番組『岩合光昭の世界ネコ歩き』の放送が始まったことも大きかったのだと思います。
番組では、愛とリスペクトを込めて、一匹一匹の猫に時間をかけて向き合う岩合さんの姿勢から撮られる、猫の生き生きとした様子や、その愛らしさ、凛々しさ、逞しさなどが映し出され、多くのファンが生まれました。
また、その頃にはTwitter(現X)のようなSNSも急速に広まりつつありましたので、以前にも増して一般の方が岩合さんのように「普通の猫」の姿を発信して、それに「いいね」と共感することが普通になっていったのでしょう。
実際、猫の飼育頭数は2016年から右肩上がりで、2024年は約915万匹でした。ペットショップで購入するだけではなく、動物愛護センターや保護猫団体などから保護猫をお迎えすることも、一般に浸透してきました。