『アフリカ一攫砂金』
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『アフリカ一攫砂金』小林慧著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
異世界への一歩 愉しく
日本人の大半は途上国を本当には理解していない。だから、でたらめに生きる主人公のアフリカ観を愉(たの)しみながら読んでくれるに違いない。斜めに見る異国情緒は面白く、それを強調する本が売れる商品として成立する可能性もある。
早々と、本の作り手が何に関心をもってこの一書を綴(と)じたかに、私の興味は移った。先進社会から遠い世界を描いた作は数(あま)多(た)ある。『村の名前』で幻想にしみじみと浸ればよく、『午前三時のルースター』で甘酸っぱい爽快感を味わえばよい。いまさら筆は何故に、アフリカの儲(もう)け話で何度も金を巻き上げられる主人公の、鬱(うつ)々(うつ)たる日々を暦のように並べるのか。
妻と一人娘との悲し過ぎる別れを経て、アフリカで砂金を掘り当てて人生の明暗を逆転しようとする元新聞記者が主役だ。人生につまずき、省みて地球の裏で一念発起する主人公。這(は)い上がる男の、真剣なやり直し人生を期待するのが読み手のセンスというものである。
だが、本書の男はさにあらずだ。いつまでも現地の言葉を何も喋(しゃべ)らず、土地の人々の体臭を嫌い、街の不潔を遠ざけ、快適さを欠く生活水準を嘲(あざ)笑(わら)う。目標の砂金ビジネスに対してさえ、取り組み方はまるで他人事のようだ。努力できない駄目男の駄目人生をあえて文字に起こす試みが、物語のアイデンティティか。狙ってそういう人生を描きたかったのか、それとも購買層に媚(こ)びる要素として、失敗者の無気力と醜態を浮き彫りにする実験をしたかったのか。
男の愚昧と途上国への揶(や)揄(ゆ)を文字に編んで、都会暮らしのビジネスマンを読者層に取り込もうと、筆も頁(ページ)も呻(しん)吟(ぎん)したと見る。いまの出版にありそうなそんな意図を行間に嗅ぎ取った。
だが、本作は読み方に可能性を与えてくれる。それは、描写から読者が各人の「アフリカ像」を創り上げてみることだ。小説から異世界を胸の裡(うち)で形にするのは愉しい。きっとそれは、異文化に対する姿勢を思慮する入口となろう。(双葉社、1980円)